ピクシブ百科事典は2024年5月28日付でプライバシーポリシーを改定しました。改訂履歴

概要

タップダンスシチーはJRAの元競走馬、種牡馬。

1997年3月16日アメリカ生まれ、父プレザントタップ、母オールダンス。通算42戦12勝。

2000年にデビューし、京都新聞杯で3着となるなど素質は示していたが、気性的な問題で中々本領を発揮出来ず本格化は5歳秋までズレ込んだ晩成型の馬。

佐藤哲三騎手に固定化されたのも功を奏し、

2002年9月に重賞初制覇、その年の有馬記念で6連勝中のファインモーションを競り落とし、シンボリクリスエスの2着に連対する。

2003年宝塚記念で3着に入りフロックではない事が周知される、JCは得意ではないはずの悪い馬場状態だったが逃げ切って優勝、レース史上最大着差の9馬身差と歴史的な圧勝劇を演じる。かつてのカツラギエースのようなレースぶりだった。

2004年宝塚記念でG12勝目、凱旋門賞へ遠征するも飛行機のトラブルがあり1度は遠征中止かという状況だったが、ギリギリで間に合ったような状態になり17着。その年の有馬記念でゼンノロブロイに交わされるも2度目の連対。

2005年金鯱賞で史上2頭目の同一重賞3連覇、宝塚記念は7着に沈んだ頃から衰えが見え始め、有馬記念12着を最後に引退。

佐藤哲三騎手の代表的騎乗馬。

ライバルのシンボリクリスエスとは2勝2敗と互角だった、ツルマルボーイとも4勝4敗と互角だった。

関連記事

親記事