Ἑλλάς Hellás
経緯 wikiより
紀元前2600年ころ、小アジアのトロイア周辺に青銅器文明を持つトロイア文明が栄え、
紀元前2000年ころには線文字Aを持つミノア文明がクレタ島のクノッソスを中心に興る。
さらに紀元前1500年ころに線文字Bを持つミケーネ文明がペロポネソス半島のミケーネ・ティリンスを中心に栄えた。ミケーネ文明の民族系統は判っていない。
その後3派のギリシア人が北方から南下した。
紀元前2000年ころイオニア人がエーゲ海北部や小アジア西岸に住み着き、
紀元前1400年ころアカイア人がペロポネソス半島からエーゲ海に進出しミノア文明やミケーネ文明を滅ぼした。
さらに紀元前1200年ころにドーリア人がペロポネソス半島北方から南下しアカイア人の領域に侵入した。
ポリス(都市国家)「
ギリシアの都市国家群(ポリス)は
紀元前800年末には
- 現在のギリシャ西南部
- クレタ島を含むエーゲ海の島々
- アナトリア半島の西海岸
に広がっていた。
ギリシア人は人口の増加、交易、貴族集団同士の対立などが要因となって地中海世界全体に植民を進めた。
紀元前500年末までには
スペイン
- アンダルシア州のマイナケ
- 同バレンシア州のヘメロスコペウム(現在のデニア)
- カタルーニャ州のエンポリオン
フランス
- エロー県のアガテ
- ブーシュ=デュ=ローヌ県のマッシリア(マルセイユ)
- ヴァール県のアテノポリス
- アルプ=マリティーム県のニカイア(ニース)
に広がっていた。
第二の本拠地と言えるほどの規模に達していたのは
マグナ・グラエキア(イタリア南部とシチリア島)である。
イタリア南部のギリシア植民都市の一部は19世紀に至るまでコムーネとして残り、
ギリシア語を話す住民による生活が続いていた。
このほか
- チュニジアのキュニプス
- リビアのキュレネとアポロニア
- エジプトのナウクラティス
- クレタ島北部のほか
- アナトリア半島北岸を含む
- 黒海沿岸全域に植民市を築いていた。
例えば現在のグルジアに位置するトリグリト(ガグラ)がある。
スペインのマイナケは周囲をフェニキアの入植地に囲まれ
- キニュプスやシチリア島
- キプロス島でもフェニキア
と隣接しているものの、それ以外の土地では他のどのような勢力とも競合していなかった。
ギリシア人による主な交易品は黒海の穀物とエトルリアからもたらされたスズである。