概要・人生
1959年、七世野村万蔵(現在の野村萬)の長男として生まれる。
1963年に靭猿で初舞台を踏んだ。
初舞台と同年の1963年には学習院幼稚園に入園し、浩宮徳仁親王のご学友となる。ご学友として浩宮と行動を共にする事も多かったため、浩宮徳仁親王とのエピソードも数多く残っている。
狂言師の活動と並行して1990年にはライフワークである『楽劇大田楽』を担う、人材を育成する『楽劇わざおぎ塾』を設立する。さらに『楽劇大田楽』と並行し、『楽劇真伎楽』や『楽劇平和楽』の復活・再構成をする。
本業の狂言のほうでは1995年に父から家督を譲られ、野村万蔵家の8代目当主となる。当主就任と同時に五世野村万之丞を襲名した。
1998年には『長野オリンピック』の閉会式の演出を行い、好評を得る。
2000年には野村万蔵家のマネジメントを行う、『萬狂言』を設立した。さらに『楽劇大田楽』を広げるために『ACTJT』という大田楽の活動組織(NPO法人)を設立する。