2024/08/17 13:11 版氏政の嫡男。武田信玄の外孫(母は黄梅院)で、武田勝頼の甥でもある。現在の(公式上の)北条家当主。
父・氏政と比べてカリスマ性に欠け、短絡的で荒っぽい性格の持ち主。昌幸をして「**分かりやすい男**」と言われてしまう。
小田原攻めの際にも動揺する家臣たちをまとめきることができず、降伏を拒否する父の説得にも失敗、進退窮まった氏直は説得のために潜り込んだ信繁に泣きつくこととなった。
小田原城の開城後は出家させられて高野山へと流され、これをもって北条家は滅亡した。
2024/07/23 09:35 版**矢沢三十郎頼幸([[頼康>矢沢頼康]])**
演:[[迫田孝也]]
頼綱の長男で、信繁の右腕。昌幸の従兄弟で
信繁、信之、松らの従叔父にあたる。「**源次郎様のいるところ、三十郎あり**」と自認しているが、信繁からは少し鬱陶しがられている。信繁が上杉に人質に出された際には同行したが、上洛時に頼綱の下に戻る。
砥石城落城の際、信之に内通して城を渡すよう信繁に命じられ、以後、側近として信之に
2024/07/23 09:31 版**矢沢三十郎頼幸([[頼康>矢沢頼康]])**
演:[[迫田孝也]]
頼綱の長男で、信繁の右腕。
信繁、信之、松らの大叔父にあたる。「**源次郎様のいるところ、三十郎あり**」と自認しているが、信繁からは少し鬱陶しがられている。信繁が上杉に人質に出された際には同行したが、上洛時に頼綱の下に戻る。
砥石城落城の際、信之に内通して城を渡すよう信繁に命じられ、以後、側近として信之に従う。
同じ三谷作品である『清州会議』では[[蜂屋頼隆]]を演じていた。
2024/07/23 09:30 版**[[矢沢頼綱]]**
演:[[綾田俊樹]]
真田幸隆の弟で昌幸の[[叔父]]。
信繁、信之、松らの大叔父にあたる。三十郎頼幸は長男。
[[北条家>後北条氏]]から沼田城の引き渡しを命じられた際には**使者を刺殺**して拒絶、兵を率いて激しく抵抗した。
城を守るために散っていった家臣や兵たちの名を1人1人覚えているなど、部下に対する思いやりは深い。その後、1597年5月7日に80歳で大往生を遂げた。