概要
名前は縄文(縄の模様)がついているということからだが、その名に反して、縄文を施さない縄文土器も少なからずある。縄文のほか、爪形文やササの茎・動物の管骨などを施文原体とする竹管文、貝殻を施文原体とする貝殻条痕文などが施されることが多い。
世界最古級の土器のひとつであり、かつては、青森県の大平山元I遺跡で発見された約1万6500年前の縄文土器が世界最古とされていたが、現在は、中国・江西省の洞窟で発見された約2万年前の土器片が世界最古とされている。
時代によって文様、器形の変遷が著しく、出土土器はその遺跡の年代を決める指標としての役割を担っている。
特徴と変遷
縄文土器は浅鉢、深鉢、円筒形、壺、注入土器、香炉形、二口、台付、とっくり型...など器の形が非常に多彩で、実用性からかけ離れた装飾的な文様がしばしば施されるが、これは中期になってから顕著になった特徴である。
草創期の縄文土器はほとんど鉢型しかなく、文様をつける場合も爪形文(人の爪やタケを押し付けて作った半円形の模様)や撚糸文(糸を押し付けてつけた模様)を口縁に施す程度の素朴な土器ばかりであった。この頃の土器は厚手で非常に重く、器の底が丸いか尖っているものがほとんどで、もっぱら焚き火に埋めて煮炊きに使われたものと思われる。
これが早期に移ると、縄文をはじめ、ヘラ状のもので表面をこすってつけた文様(沈線文)や、棒状のものに楕円形や山形の彫刻をしたものを転がした文様(押型文)を全面に施す様式が流行、文様が一気に多様化。縄文土器の独自性は、この時期に確立したものと思われる。
縄文前期になると、器の底が平らになり、典型的な縄文土器が一般化する。煮炊き用の土器ばかりでなく、食器として使ったと思しき椀や浅鉢も増え、土偶や「ミニチュア土器」など実用性のない土器も多く出土する。
縄文土器の造形的にもっとも華やかな時期が、縄文中期である。この時代には立体造形が豊かで、粘土紐を貼り付けて文様を表現するものが多い。馬高式土器(いわゆる火焔土器)や曽利式土器(いわゆる水煙式土器)など、口縁に過剰な装飾を施した鉢形土器はこの時期に集中する。
縄文後期も土器の形や文様は中期に引き続き多様な形態をとるが、この時代になると中期の過剰なほどの装飾性はやや控えめになり、平面的な表現に凝った土器が多くなる。土器を光沢が出るまで磨く技法が出現し、「磨消縄文」といって、いったん施した縄文を消しとった土器が出土する。土器を研磨することで水漏れが防げ、より薄手に仕上げることができた。また、漆や赤色塗料を塗った痕跡のあるものも多い。
縄文土器の技法の頂点が、晩期の東北地方を中心とする地域で製作された「亀ヶ岡式土器」である。薄手で精緻に焼かれた技術は見事なもので、しばしば怪奇な文様や装飾が施され、造形面での芸術性も高いものが多い。なお、同時期の西日本の縄文土器はこれとは対照的に、装飾や塗料の塗布が施されず実用本位に作られたものがほとんどで、一見弥生土器と見紛うようなものも多い。