黄前麻美子
おうまえまみこ
概要
黄前久美子の5歳年上の姉で、東京の大学に通いながらひとり暮らしを送っている大学3年生。
かつてトロンボーンを演奏していた経験を持っており、久美子がユーフォニアムを始めるきっかけになった存在でもある。
進学のために楽器を手放してからは久美子に対して冷たく当たるようになり、現在ではかつての親密な関係とはほど遠い素っ気ない距離感のもとに過ごしている。たびたび京都の実家に顔を見せる麻美子は、就職活動という人生の転換期を控えた大学3年生という立場と、本気で吹奏楽コンクール全国大会を目指すようになった妹の久美子の姿に触発され、次第に自らが送る人生の価値を問いただすようになる。
人物
容姿
緩やかにウェーブした茶髪やマスカラでコーティングされた睫毛、華美な色合いのマニキュア等で飾り立てた、華やかな風貌の女子大生。(原作2巻、129~130ページ、原作3巻、46ページ)
かつては美しい黒髪の持ち主であったが、今現在の彼女の傷み切った茶髪には、その頃の名残を見出すことはできなくなっている。(原作2巻、130~131ページ、原作3巻、144ページ、252ページ)
なお、高校時代までは真面目な雰囲気を漂わせていたものの、大学に進学した途端に華美な風貌に身を包んだ彼女の様子に、母親の黄前明子は「ずいぶんと垢抜けた」と驚きを露わにしている。(原作2巻、130ページ)
性格
進学のためにたえず勉強に打ち込む生真面目さと、長女としての優等生然とした振舞いを身につけている(原作3巻、140ページ、142ページ)。しかし、その一方で「部活じゃ大学には行けないよ」等と、事あるごとに久美子に対して冷たく当たる様子も見せている。(原作3巻、48ページ)
真面目であるがゆえに、両親の言い分を頑なに守るようにして育ってきた麻美子は、示されたレールの上を歩くことこそが最善の道であると信じ切り、趣味をはじめとする余計なものを断ち切ってひたすらに勉強に打ち込んでいた。(原作3巻、144ページ、251ページ)
なお、幼少期の久美子は、麻美子が本当は優しいことを知っていたがゆえに彼女のことを好いていたほか(原作3巻、89ページ)、勉強に打ち込むのが高校受験以降に延びたTVアニメ版では、小学4年生当時の久美子に楽器の吹き方を指導するなど、その麻美子の優しさが如実に見て取れるシーンが登場している。(TVアニメ版1期1話、1期6話、2期10話)
経歴
小学生のときに金管バンドに入り、トロンボーンを始める。小学校6年生のころには母親と妹の久美子の見守るなかで演奏(原作小説ではステージドリル、TVアニメ版ではステージ演奏)を披露している。(原作3巻、36~38ページ、46ページ、TVアニメ版2期8話)
しかし、進学のために受験(原作小説では中学受験、TVアニメ版では高校受験)を控えることになった麻美子は、勉強のためにこれまで続けていたトロンボーンから手を引くことを決める。また、その際に「おねえちゃんトロンボーンやめちゃやだよ」と詰め寄ってきた妹の久美子に対しては、「次に変なこと言ったら、アンタの口縫うからね」という冷ややかな口調のもとに追い払っている。(原作3巻、91ページ、TVアニメ版2期8話)
トロンボーンを辞めて勉強漬けの日々に切り替わって以降は、家と予備校と学校とをぐるぐると行き来するだけの生活を送り、久美子と一緒に夕食を摂る機会もほとんどなくなるようになる。なお、この当時の麻美子が通っていた高校は北宇治高校よりもずっと高い偏差値を誇っており、のちに高校2年生になった久美子の宿題を手伝った際には「このレベルだったら余裕に決まってんでしょ」と不敵に鼻を鳴らしている。(原作1巻、205ページ、第二楽章後編、148ページ)
早くから志望校を定め、1年生のときから受験勉強に取り組んでいたにもかかわらず、結局は第一志望の大学に受かることはできなかった。滑り止めで受験した東京の大学に進むことを決めた麻美子は、実家を離れてひとり暮らしを始めることになり、現在に至っている。(原作3巻、47ページ、73ページ)
自らの意志
進路と軌跡への葛藤
台風の到来した9月初旬のある日、雨の降りしきるなかびしょ濡れになって京都の実家へと帰省した麻美子は、驚く家族を前にして開口一番「私、大学辞めたいの」と告げる。これまで良い学校に進学して良い会社に就職するために勉強に専念し続けてきた麻美子が発した衝撃の言葉に、妹の久美子はその理由を問いただそうとするが、麻美子は「アンタには関係ない」と一瞥しただけでその胸中を明かそうとはしなかった。(原作3巻、44~48ページ、TVアニメ版2期6話)
それから幾日後、決心を固めた麻美子は大学を辞めようと思い立った本当の理由を両親に打ち明ける。「私、美容師になりたいの」と、大学を辞めて美容師の専門学校に進むことを望む麻美子は、いままでずっと自身のやりたいことのすべてを我慢し、両親の望む進路だけをひた進んできた結果、現在の自身は何の中身のないがらんどう同然の状態であることを痛感していた。それゆえに、「私だって、久美子みたいに部活を続けたかった。トロンボーンだってやめたくなかった!」と、これまで親の言うことばかりを聞いてきた自身の過去を否定するとともに、現在の大学3年生という立ち位置を将来を決めるための「最後の分かれ道」と見定め、一生背負うであろう後悔を味わう前に自分自身が選び取った道を進みたいと強く訴えた。
そのような麻美子に対し、父親は逆に「大学に行くと決めて受験したのはお前自身だ。違うか?」と聞き返すと、大学3年生になるまで親の言うことにずるずると従い続けてきた麻美子自身の選択の甘さを指摘した。そして、もし本当に大学を辞めて専門学校に進もうとするのであれば、学費も生活費もすべて自分で用意するように示すとともに、「リスクを負わずにやりたいことができると思うな。お前が言っていることはあまりにも自分に都合がよすぎる。本気なら、その覚悟を示せ」ときっぱりと宣告し、その場を後にしている。(原作3巻、136~144ページ、TVアニメ版2期8話)
両親と揉めてから数日後、麻美子は風邪をこじらせて家に帰ってきた久美子が自室でCDをかけているのを耳に入れる。「聴きたくないの、嫌いだから!」と久美子の部屋に押し入り、オーディオを止めた麻美子は、逆に久美子から「だったら、続けたかったなんて言わないでよ!」と、いままでさんざん吹奏楽を馬鹿にしてきたにも関わらず、いまになって「トロンボーンを続けたかった」等と過去を否定するのはずるいという想いを突き付けられる。そんな久美子を「うるさい!!」と一喝した麻美子は、「アンタに…… 私の気持ちなんて分かるわけない」と独り言のようにつぶやきを落とすと、そのまま口を閉ざして部屋を立ち去っていった。
その後、マンションのエントランスで昔からの顔なじみである塚本秀一と偶然の再会を果たした麻美子は、秀一の口から自分たちの演奏がみちがえるほど上手くなったこと、久美子も本当は麻美子に自分たちの演奏を聴いて貰いたいと思っているんじゃないかということを聞かされる。いまでこそ疎遠であるものの、もともと久美子が楽器を始めた理由は姉である自身の影響によるものであり、麻美子は秀一の言葉を通してかつてトロンボーンを吹いていた頃の自身に思いをいたすとともに、音楽から遠ざかった自分自身と代わるようにして吹奏楽部を続けている久美子の「頑張り」を気にし始めるようになる。(TVアニメ版2期8話)
後悔との決別
それから数日が経ったある日の夕方、母親の帰りが遅くなるのを知った麻美子は料理を作って両親と仲直りをしようと画策するが、その意気とは裏腹にかねてからの料理音痴が災いし、一向に料理を進めることができなかった。そのような麻美子の有様を妹の久美子が目にしたことにより、結果として姉妹ふたりで肩を並べながら料理をすることになった。
久美子と一緒に料理を作るなかで、麻美子はこれまでの自身の行いを振り返るようにして久美子に語りかけた。自分の進路を自分自身で決めようとせず、親や周囲に流されるようにして過ごしてきた麻美子は、やりたいことを我慢して、親の言うことを聞いて耐えることを”頑張る”こととして据えてきていた。大好きだったトロンボーンさえも親の勧める学校に進学するために手放し、「社会とはこういうものだ」と変に大人ぶったふりをし続けてきた麻美子は、就職活動を前にしていままでのことを振り返った際に「自分ってこれまで何してたんだろう」という空虚な思いに駆られるようになった。
その思いに導かれるようにして、自分が本当にやりたかったこと、そのためにやるべきことは何かを見出した麻美子は、これまでの”大人を演じていた”自分を止めること、そして「後悔も、失敗も、全部自分で受け止めるから、自分の道を行きたい。そう素直に言えばよかった」といういままでの自分自身に対する総括を口にした。これからは自らの意志のもとに自分の道を決めるときっぱりと宣言した麻美子は、少しばかりの寂しさを浮かべる久美子に向けて、「アンタも、後悔のないようにしなさいよ」という励ましの一言を残して立ち去っていった。(原作3巻、248~256ページ、TVアニメ版2期10話)
親の意向に流され続けた結果感じることになった「こうするべきではなかった」という後悔、そしてそこから新たに自分の道を選んで進むことを決めた麻美子の決意は、久美子の胸に確かに響くものであり、やがては母親の要求に従って退部を決めようとする田中あすかを引き止めるための一大決心へと繋がることとなる。
その後
両親を再度説得した麻美子は、これまで通っていた大学を退学して大阪にある美容師の専門学校に進学することになった。(原作3巻、276~277ページ)
翌年の4月から専門学校に入学した麻美子は、昨年まで高校生だった若々しい同級生たちに囲まれながら勉強を行っているが、「自分で選んだことだし、あと、単純に自分の好きなことだから、いまのほうが受け入れられる」として、多忙な日々の生活のなかに充実した想いを実感している。(第二楽章後編、148ページ)
黄前久美子との関係
5歳年下の妹。現在は高校1年生。
小学校1年生のときに姉である麻美子がトロンボーンを吹いている姿を見て、以降その背中を追いかけるようにして金管バンドに入り、ユーフォニアムを始める。
しかし、麻美子が受験勉強を境にトロンボーンから離れ、久美子に向けて小言を口にするようになってからは、久美子もまた麻美子のことを鬱陶しく感じるようになり、かつて彼女に対して抱いていた憧れを「黒歴史」として否定するようになる。(原作2巻、131ページ)
以降は取っつきにくい相手として互いに敬遠し、ぎこちないな距離感を取り続けていたが(第二楽章後編、146ページ)、麻美子がこれまでの自身の行いを振り返ったことをきっかけとして、久美子はこれまで知らなかった姉の一面に触れることになる。
麻美子が独り立ちを決めて以降は、吹奏楽コンクール全国大会の演奏を観に来た彼女と想いを交わし合ったり、姉妹間で手紙をやり取りするなど、微妙だったかつての距離感は緩和された様子を見せている。(TVアニメ版2期12話、2期13話)