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玄奘三蔵の編集履歴2012/03/17 15:42:15 版
編集者:TechpanCreate
編集内容:「西遊記」の玄奘三蔵の項目を「三蔵法師」に移行。

代の中国僧侶。或いはその人物を元に考案された「西遊記」の登場人物。三蔵法師と呼ばれることが多い。

史実の玄奘三蔵

仁寿2年(602年)生誕、麟徳元年2月5日(664年3月7日)没。

洛陽近郊の陳氏(地方官を歴任した士大夫)の家に生まれる。

10歳の時に洛陽の浄土寺で出家し、玄奘と名づけられた。動乱によって各地を転々としながらも、『涅槃経』と『摂大乗論』を学ぶ。

武徳元年(618年)に長安入りを果たし、後に戦乱を避けて成都に至る。その後も各地を巡り、20歳で具足戒(出家僧侶の守るべき戒律)を受ける。

「仏典の研究には原典による他ない」と決意し、また同時に仏跡の巡礼を志し、貞観3年(629年)に国禁を犯して出国。河西回廊~高昌~天山北路~中央アジア~天竺(インド)と長い距離を、時には道中の古刹にて5年に及ぶ期間学び、時には各地の仏跡を巡拝しながら旅を続けた。

そして天山南路を経て帰国の途につき、貞観19年(645年)1月、657部という膨大な経典を長安に持ち帰った。この功績が認められ、時の唐皇帝・太宗は密出国の罪を問わなかったばかりか、勅命を出して玄奘に経典の翻訳を依頼している。この時もたらされ、訳された経典は『大般若経』と呼ばれるようになる。

その業績は『大唐西域記』や『大慈恩寺三蔵法師伝』として纏められ、後に『大唐三蔵取経詩話』でフィクションを含有するようになり、最終的には『西遊記』に結実して世界中に知られるようになった。

西遊記」の玄奘三蔵

三蔵法師の項目を参照の事。

最遊記」の玄奘三蔵

11月29日、A型。声優は関俊彦(OVAのみ高木渉)。

金髪に紫の瞳を持つ美形だが、ひとたび口を開くと「うるせぇ!殺すぞ、てめぇら!」といった暴言を放ち、僧でありながら仏道に帰依する気は全くなく、飲酒・喫煙・博打を嗜む破戒僧…と言っても彼の師・光明三蔵や友人・烏哭三蔵も破戒僧と言えば破戒僧である。プライドが高く、非常に気が短いため常に機嫌が悪そうな雰囲気を出している。

武器は小銃とハリセンと経文(うち1つは盗まれた)。アニメ版では「昇霊銃」という名の銃に変更されている。

一行の中では冷静な性格・判断力を持っているが、時には負けず嫌いで子どもっぽい一面もみられる。傲慢で非常に自己中心的だが、優れた洞察力とカリスマ性を併せ持つ。一行のリーダーとして一応の信頼を得てはいるが、信頼というよりはあまりの唯我独尊っぷりに呆れられているものに近い。確かな実力を持ってはいるものの、ものぐさで面倒事に巻き込まれるのを嫌う。旅に出る前は仕事を悟浄と八戒に殆ど押し付けていた。

また人使いが荒く、他のメンバーは下僕だと公言している。

嫌いなものは変態・虫けら・猫・努力(アニメ版)。

塩ラーメンにマヨネーズをかけるタイプだが、悟浄に全否定されている。後に刺身にもかけていることが発覚。

ドラマCD4巻のおまけシナリオで八戒に「いい年して髪染めて恥ずかしくないのか!」と言われるが、金髪は地毛である。

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