日産の車種、ブランド。
1986年まで国内外で日産の社内ブランドとして残っていたが、その歴史は非常に古く1914年にまでさかのぼることができ、快進社が作った「脱兎号」がその名の起源。この車名は支援者の名前の頭文字と、慣用句に引っ掛けた洒落のようなものである。
「ダットサン」となったのは1931年とこれも古い。1930年に快進社は合併でダット自動車工業となるのだが、このとき作られた試作車が「脱兎号の息子」すなわち「DATSON」となった。英語での読み方は変わりないのだが、日本語では「息子」の「SON」が「損」に見えて縁起が良くない、ということで1932年に読み方を変えずに「太陽」の「SUN」となった。ダットはその後さらなる合併で日産自動車となったが、ダットサンの名前は残され現在に至っている。
車名としては2002年までダットサントラックとして残っていた。
その後、2013年に新興国向け低価格ブランドとしてダットサンが再び使われるようになった。主に中国や東南アジア、インド、パキスタンなどでダットサンブランドの車を見ることができる。
2022年に廃止した。