アジアの一部で、ユーラシア大陸の東南部のインドシナ半島と、その周辺の島国をまとめて指す。東アジア、オセアニア、南アジアに隣接する。
概要
東アジアの日本・韓国・中国や、アメリカ合衆国・カナダの西海岸と、中東・インド・ヨーロッパを結ぶ海運の要衝となっている。
気候は蒸し暑く雨が多く、雨期と乾期が入れ替わるモンスーン気候の地域が多い。農業は多彩な農作物が生産され、特に稲作が盛んで、特にメコン川やチャオプラヤー川の流域は三毛作も可能である。このことから東南アジア大陸部には古くから文明が栄えた。お茶は東南アジアが原産とされる(厳密には中国の雲南省が原産と言われる)。
歴史
中国とインドの間を結ぶ海の道の経路にあり、必ず狭い水路の何れかを通過しないと東西貿易が出来ないという要所であった。特にマラッカ海峡は最も多くの船が通過して栄えている。この海峡を抑えたシュリーヴィジャヤ王国は7世紀にはタイからジャワ島にまで広がる大国となった。
シュリーヴィジャヤの衰退後は複雑な地形それぞれに諸王国が興亡し、統一国家は現れなかった。モンゴル帝国の遠征もベトナムでの敗北により失敗に終わっている。貿易に伴って、仏教やヒンズー教、後にはイスラム教も伝わって、主に大陸側には仏教、マラッカ海峡から島嶼部にかけてはイスラム教が栄えた。
大航海時代に至り、交易の要所であり香料の産地である東南アジアに欧州諸国は競って侵入する。結局はタイのような例外を除いて、ほとんどが植民地化することとなる。欧州の支配は太平洋戦争における日本の侵入によって混乱し、しかし日本も十分に現地の協力を得られないままに撤退することとなった。
戦後は続々と植民地から独立する。ソ連の勢力が及んで共産主義国が増加し、これに対抗する米国の支援も受けてASEANが成立する。冷戦後はロシアとも米国とも距離を置いた中立的な地域共同体としてASEANと東南アジア諸国は発展を続けている。
文化
歴史的に中華文明・インド文明・西洋文明の影響を受け、日本文明の影響も交錯する文化的に多様な地域。
仏教・イスラム教・ヒンズー教、そしてキリスト教が主な宗教だが、優占する宗教・宗派が地域によって違う。有史以前からさまざまな民族が何度も南下し、先住の民族と共存することで民族的にも多様になっている。
イスラム教徒は多いが、中東ほどガチガチなものではなく、仏教文化圏であった影響からか、かなり緩く寛容的で、基本的には信教の自由がある。
日本以上に暑い夏をいかにうまく乗り越えるかの工夫が、衣食住のすべてに表れている。
日本と東南アジア
安土桃山時代から江戸時代初期にかけ、東南アジアに移住して漁業や貿易を営む日本人が多数おり、日本人街も形成されていた。倭寇の勢力は東南アジアにまで及んだとされる。
その後、移住先に留まった日本人は、鎖国によって本国との連絡も極端に少なくなったため、日本人社会は現地の人々の社会と同化していき、19世紀にはその形跡の多くが失われたが、現地の人々によって記念碑などが建てられ残されている地域もあり、現在も日本人町が残っている国もある。
琉球王国(現在の沖縄県)では、中継貿易でこの地域(特にマラッカ王国)と強くつながっていた。
2013年7月には、安倍政権によって東南アジア諸国のビザ発給要件を緩和され、訪日する人口が急増している。