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概要編集

首都マニラ
人口1億1416万3719人(2024年7月)
面積29万9834平方キロメートル
通貨ペソ
公用語英語・タガログ語
国家元首(職)大統領
政体大統領制 共和国

フィリピン共和国(フィリピンきょうわこく、英語:Republic of the Philippines、タガログ語:Republika ng Pilipinas)は、東南アジアに位置する共和国。1967年8月に発足したASEANの原加盟国で、国名は最初の旧宗主国のスペイン国王フェリペ2世が由来である。


人口は2020年5月に実施された国勢調査では1億903万5343人だったが、2021年12月の推計では1億999万1095人であった。


日本人の移住先としても人気で、退職後の余生を過ごそうとする高齢者が多い。


歴史編集

起源編集

ルソン島には古くから中国・琉球インドなどとの貿易拠点が置かれ、マレー商人経由でイスラム教も伝わっていた。中国の記録には南宋の皇族がモンゴル帝国から逃れてこの地に「呂宋國(るそんこく)」を興したという記述があり、現在の島名になったともいわれる。


独立運動編集

1565年4月に征服者であるミゲル・ロペス・デ・レガスピがセブ島を領有したのを皮切りとし、スペイン帝国の侵略による植民地支配が始まってスペイン領東インドが設立された。1898年12月に米西戦争の後に締結されたパリ条約でアメリカに割譲されるまでスペインの統治に服し、これに反発したホセ・リサールを始めとした現地でのフィリピン人の独立運動家たちによる反乱が度々に発生する事となる。


成立編集

1899年1月に米西戦争でアメリカに協力したフィリピン革命軍によって第一共和国が成立したが、アメリカは独立を承認しなかった事で同年2月に米比戦争が開戦した。1902年7月に終結してからはアメリカの統治とされ、第一共和国のエミリオ・アギナルド大統領は投獄され、アルテミオ・リカルテを始めとした革命軍将校たちは国外追放とされた。


日本統治編集

1916年8月に自治領・1935年11月にコモンウェルスに移行し、1943年10月に日本軍がアメリカ軍を駆逐して植民地支配は瓦解した。この際に日本へ亡命していたリカルテが約40年ぶりに帰郷し、その後は日本の統治に入り、独立の支援を受けてコモンウェルスの内務長官だったホセ・ラウレルが大統領に就任し、1943年10月に第二共和国として2度目の独立が成立した。同月に日比同盟条約が締結されて同盟国となるも、1945年8月に終戦によって再び瓦解に追い込まれてしまう。


戦後編集

1946年7月にアメリカのハリー・トルーマン大統領はフィリピンの独立を正式に承認する布告を発令し、同日にマニラ条約が締結されてようやく完全に独立した。その後は親米政権と共産党ゲリラとの内戦に悩まされつつも強権的な統治で戒厳令が発令され、民主主義が崩壊していた。1986年2月のエドゥサ革命を経てようやく民主化を果たしたものの、冷戦終結後はイスラム過激派との内戦・自然災害など悩みの種は尽きない。


近況編集

2019年2月にドゥテルテ大統領は植民地時代の名残だとして国名を変更したいとの意向を表明し、マニラ・ブリティン紙は「フィリピンの新たな国名はマハルリカ共和国になる可能性がある」と報じた。


政治編集

大統領を国家元首とする共和国で、フィリピンの大統領は行政府の長である。大統領と副大統領は同じ日に個別での国民の直接選挙で選出されて6年の任期を務めるが、フィリピン憲法の規定で再選は禁止されている。

1899年1月に公布されたマロロス憲法はフィリピンで初となる憲法であり、アジアで初めて共和制を規定した。


国際関係編集

  • アメリカ合衆国

歴史的経緯から、日本と同じく軍事・経済・政治で関係が深い。


  • 日本

1943年7月に外交関係を樹立し、日本はフィリピンの独立を支援した。1956年5月に賠償協定が締結されて両国の戦争状態が正式に終結し、この協定で日本は1976年7月までフィリピンに対して1902億300万円の賠償金を支払った。2008年12月に経済連携協定が締結され、日本はフィリピンが2国間の包括的経済連携協定を締結している唯一の国となった。


  • スペイン

1947年9月に外交関係を樹立してから両国の外交関係は文化的・歴史的類似性を通じて強化され、1995年2月にスペインのフアン・カルロス1世は初めてフィリピンを公式訪問し、両国の指導者の間でいくつかのハイレベルな訪問があった。


地理編集

7641の島々からなり、首都のマニラはルソン島にある。ほぼ1年中気温湿度が高く、年間平均気温は26度から27度ぐらい。環太平洋造山帯に属する為、日本と同様に地震火山噴火などが多く、1990年7月にルソン島で発生した大地震・1991年6月に発生したピナトゥボ火山の大噴火などは甚大な被害をもたらした。


また台風常襲国でもあり、毎年必ずと言って良いほど台風の被害を受けている。日本も毎年のように台風に襲われているとはいえ、フィリピンにおける台風被害は、先進国である日本におけるそれよりもはるかに甚大である。たとえば、2013年11月には台風30号(ハイエン)によって6000人以上の犠牲者が出た。


経済編集

発展途上国であり、国民1人当たりのGDPは3646ドルである(2021年4月)。かつて東南アジアで最も豊かな国として知られていたが、独立してからは政治的な混乱によって外資に避けられて工業化が進行しなかった。貧富の格差が激しい上に都市部にスラムが形成されており、農業漁業などの第一次産業の比重が高い。貧しい国なので海外の賃金が高い国へ出稼ぎに出る若者が多く、彼らの仕送りがフィリピン経済にとって欠かせないものである。


国民編集

公用語はフィリピノ語(タガログ語)であるが、アメリカの影響で英語の話者が多い。ASEAN唯一のキリスト教国と言われておりカトリックが8割を占めている。イスラム教徒も5%ほど存在しミンダナオ島は人口の2割以上がイスラム教徒である。


東アジア諸国に出稼ぎに出る若者もおり、ハウスメイドとして雇用されたり、風俗嬢として働く女性が多く含まれている。しかし不法滞在者も多く、ビザの厳格化に伴って強制送還される者も少なくない。

貧しさにつけ込んだ国際犯罪集団が詐欺の拠点を構え、人身売買武器の流通に携わり摘発されることも。


渡航編集

到着時から起算して30日以内の短期滞在なら査証は不要、ただし、eTravelの登録や出国用の航空券が必要になる。またパスポートの残存有効期間が6か月未満だと、入国・搭乗を拒否される可能性があるので注意するように。日本の外務省は「ミンダナオ島、特に中部以西はイスラム過激派が活発な為絶対に近づかないように」と勧告、その他の地域も「強盗や殺人などの凶悪犯罪が多発しているので用心して欲しい」との事である。


関連キャラクター編集


関連タグ編集

あの旗を撃て バナナ ナタデココ

小野田寛郎

秋元才加 池田エライザ 石井マーク ざわちん 高安晃 御嶽海

中島愛 小川龍也

メスティーソ

フィリピンパブ

フィリピンの妖怪 アスワング マナナンガル バクナワ マンババラン

ダルナ

ウニデーモン ドロリンゴ


超電磁マシーンボルテスV


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