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仏教

43

ぶっきょう

インドの釈迦(ゴータマ・シッダッタ、あるいはガウタマ・シッダールタ)を開祖とする宗教である。

仏教とは、インド発祥宗教である。キリスト教イスラム教と並んで世界三大宗教の1つ、仏陀(目覚めた人)が説いた教え、また自らそれと成るための教えであるとされる。

概要

発祥紀元前500年頃/インド
開祖ゴータマ・シッタールダブッダ/釈迦
体系法(ダルマ)」と、それを体現した「仏(ブッダ)」を中心とする
シンボル宝輪
サフランオレンジ
菩提樹

南アジアを発祥地とし、東アジア東南アジアを中心に信仰される宗教。ブッダ釈迦)が開祖である。

悟りを開いて極楽往生することや、輪廻転生からの解脱などを説いている。

現在存続している宗派は、大まかに、

がある。

教義

世界観

仏教は必然的に仏教誕生地・インドの世界観である輪廻と解脱の考えに基づいている。

人の一生は苦であり、永遠に続く輪廻の中で苦しみ続けることとなる(たとえであっても、何億・何兆年の命を終えれば、行いにより神や人や動物などに輪廻する)。その苦しみから抜け出すことが解脱、到達する境地が涅槃であり、修行により解脱を目指すことが初期仏教の目的であった。大乗仏教では菩薩という観念が現れ、修行の主な目的が自分だけではなく他人をも解脱に導く事へとなる。その過程では公案の「南泉斬猫」のように、信仰上の目的を達成するために、自分は解脱どころか地獄に落ちかねない殺生をあえて行う事例も出てくる。このように仏教の世界観は短い文章で要約することが難しいものとなっている。

マルコ・ポーロの『東方見聞録』のように、アブラハムの宗教からは仏教が偶像崇拝として解釈されることもある。しかし仏像は『旧約聖書』が語るような「仕えるための刻んだ像」ではない。仏像は信仰の助けとする為に仏教の世界観を分かりやすく表現したモノであって信仰の対象そのものではない(『遠野物語』のように仏像そのものが意思を持ち抗争すらする伝承もなくはないが)。もしくは『法華経』のように仏像を作ることそのものが信仰上の意味を有すると解釈する経典もある。

輪廻転生・六道・仏教と神

仏教においては、生前の業によって次の輪廻の転生先が決定するとされている。六道に基づき生前に良い行いを続け功徳を積めば次の輪廻では天道に生まれ変わり、悪業を積めば修羅道や地獄道などに生まれ変わる。

そして仏教における神の扱いは、神(天)とは天道の生物であり、人間などと同じ生命(有情)の一種という位置づけであり、厳密には仏教徒の間で神々は帰依の対象とはならない。天道も多数ある世界の一つであり、楽園のような場所だが、天国とは違い、人が最終的に至るべき場所ではない。

ただし、「非常に優れた生物」であるため、仏教に帰依した神々は人間を庇護すると考えられ、寺院でも祀られている。

仏教における「神」は、キリスト教やイスラム教の「天使」にあたる位置にある。

神より上位にあるのが、「法(ダルマ)」であり、世界の真理である。法は現実の事象すべてと密接につながりを持つ。法を体現したのが「仏」や「菩薩」「阿羅漢」であり、完全に法を体現した仏は、神々より上位の存在である。

世界の真理であるという点は、キリスト教やイスラム教の「神(≒人格を備えた法)」と共通するが、「法」はあくまでも真理そのものであり、人格を備えているものではない。

仏教における信仰は帰依と表現され、他宗教の信仰とは意義が異なっており、例えば修行者が守るべき戒律を保つために神霊との契約をするという考えも存在しない(副次的に、仏教を守護する神霊の守護を願う事はある)。

これらの内容は、各地方の土着の信仰の影響により、民間信仰においては様子が一変していることが多く、それが仏教を分かりづらくする原因の一つとなっている。

もっともそのため、土着の信仰の神を仏教の内部に包摂する事ができ、「共同体の宗教」としての土着信仰の上に「救済論」としての仏教が結合するようになった。

日本では、著名な神々は、仏や菩薩が日本人に教えを説くために現れたもの(権神)と考えられるようになり、天道の生物としてランク付けられる神々(実神)より上位の存在で、信仰を受けるのによりふさわしいとされた。

三法印三相

三法印」は、仏教におけるこの世の真理(法“ダルマ”)は「無常」「無我」「涅槃」の3つであるとされる根本思想。四諦がやや実践面を強調しているのに対し、三法印はやや思想面を強調している。しかし、根本的には同じ原理をやや異なる切り口で語っているに過ぎない。三法印に「一切皆苦(苦)」を付加し、「四法印」とする経典もある。

  1. 諸行無常無常) - 一切の形成されたものは無常であり、縁起による存在としてのみある。
  2. 諸法無我無我) - 一切の存在には形成されたものでないもの、アートマンの様な実体はない。
  3. 涅槃寂静涅槃) - 苦を生んでいた煩悩の炎が消え去り、一切の苦から解放された境地が目標である。
  4. 一切皆苦) - 一切の形成されたものは、自分の思い通りにはならず、苦しいものである。

また、上記は大乗仏教のものであり、上座部仏教では三相と呼ばれ、修道上の教えとして実践的に観察することが強調されている。「一切行苦」を欠いた大乗の三法印とは異なり、上座部で説かれるのは「無常」「」「無我」の3つである。

  1. 無常 - 全ては常に変化し続けること。
  2. - この世は自分の思い通りにはならず、苦しく不満なものであること。
  3. 無我 - 我はない、即ち「私のものではない・私ではない・私の本質ではない」ということ。

二諦

仏教における、世界の仕組みとその認識を、2つに区別して説明されたもの。

仏門と出会いそれを学ぼうとしなければ、何度この世に転生しても真理には辿り着けず、苦しみから脱せないとされる。

  • 世俗諦 - 普通の人間が認識出来る世界の仕組み。
  • 勝義諦 - 悟りを開いた者に解るこの世界の本当の仕組み。

因果論

仏教は物事成立には原因と結果があるという因果論を基本的考え方にすえている。

釈迦は原因だけでは結果は生じないとし、直接的要因「」と間接的要因「」双方が揃った際、「因縁和合」に結果はもたらされるとし、これを「因縁果」という。

生命の行為・行動(思考・感情も含まれる)にはその結果である果報が生じるとする業論があり、果報の内容如何により人の行為を善行と悪行に分け(善因善果・悪因悪果)、人々に悪行をなさずに善行を積むことを勧める。

また個々の生に対しては業の積み重ねによる果報である次の生、即ち「輪廻転生」を論じ世間の生き方を脱して涅槃を証さない(悟りを開かない)限り、あらゆる生命は無限にこの輪廻を続けるとpう。

輪廻・転生および解脱の思想はインド由来の宗教や哲学に普遍的にみられる要素だが、輪廻や解脱を因果論に基づいて再編したことが仏教の特徴である。

人の世は苦しみに満ち溢れている。そして、あらゆる物事は原因と結果から基づいているので、人々の苦しみにも原因が存在する。従って、苦しみの原因を取り除けば人は苦しみから抜け出すことが出来る。これが仏教における解脱論である。

仏教においては、輪廻の主体となる永遠不滅の魂(アートマン)の存在は「空」の概念によって否定され、輪廻は生命の生存中にも起こるプロセスであると説明されることがある点でも、仏教以前の思想・哲学における輪廻概念とは大きく異なっている(このことから、釈迦が輪廻に基づいて教義を説いたのは、輪廻が当然の前提であった当時のインド社会における「方便」に過ぎないとし、輪廻論を否定する仏教徒もいる)。

因果(線形因果)

物事成立には原因と結果がある考え。仏教は明確な因果論をインド思想に持ち込み、大きな影響を与えた。

以下因果に基づき苦のメカニズムを整理された十二支縁起を示す。

  1. 無明(現象が無我であることを知らない根源的無知)
  2. (潜在的形成力)
  3. (識別作用)
  4. 名色(心身)
  5. 六入(六感覚器官)
  6. (接触)
  7. (感受作用)
  8. (渇愛)
  9. (執着)
  10. (存在)
  11. (出生)
  12. 老死(老いと死)

これは何故「生老病死」という苦の下で生きているのかの由来を示すと同時に、「無明」という条件を破壊することにより「生老病死」がなくなるという涅槃に至る因果を示している。

因縁生起(因縁・縁起)

原因と条件より結果が生まれるという考え。因縁は最初に2文字を縁起は2・4文字目を抜き取り、省略したものであり本来は同じ言葉である。

例えば、pixivに投稿されたイラストの場合、「原因」は投稿者、「条件」はpixivというサイトであり、その結果が投稿されたイラストである。

この世の万物は、複雑な因果がより合わさった関係性によって成り立っているという考え。

他のものに依存せずに存在するものは、何1つ存在しないということ。

禅の公案で「隻手の声を聞く(片手の音はどの様な音か?)」というものもある。

詳細⇒空(仏教)

苦、その原因と解決法

詳細⇒一切皆苦

戒律

五戒

仏の道を志すものが心得え守るべき5つの「」。

  • 不殺生戒(ふせっしょうかい):殺すなかれ。
  • 不偸盗戒(ふちゅうとうかい):盗むなかれ。
  • 不邪淫戒(ふじゃいんかい):不道徳な性行為をするなかれ。
  • 不妄語戒(ふもうごかい):嘘をつくなかれ。
  • 不飲酒戒(ふおんじゅかい):飲酒するなかれ。

三宝への帰依

波羅蜜

煩悩にまみれないため、修行として実践すべき徳目のことであり、総称して「六波羅蜜」と呼ばれる。

  • 布施波羅蜜 - 檀那(だんな、Dāna ダーナ)

物や金品を惜しまず与えること。財物を与えることを「財施」、仏様の教えを説くことを「法施」、人の心を慰めることを「無畏施」と呼ぶ。

  • 持戒波羅蜜 - 尸羅(しら、Śīla シーラ)

戒律を守ることで、上述した仏の道を志す者が守るべき「五戒」を心得ること。

  • 忍辱波羅蜜 - 羼提(せんだい、Kṣānti' クシャーンティ)

耐え忍ぶこと。

  • 精進波羅蜜 - 毘梨耶(びりや、Vīrya ヴィーリヤ)

努力すること。一所懸命に物事に当たること。

  • 禅定波羅蜜 - 禅那(ぜんな、Dhyāna ディヤーナ)

心を静め、1つのことに集中すること。

  • 智慧波羅蜜 - 般若(はんにゃ、Prajñā プラジュニャー)

ここまでの5つ「五波羅蜜」を実践して行くことで辿り着く、物事をありのままに受止め、真理を見極めて行くことが出来る境地のこと。

禅・瞑想

釈迦(ゴータマシッダールダ)は瞑想によって悟りを開いたと言われている。

仏教における存在論

仏教自体が存在を説明するものとなっている。

変化しない実体を一切認めないとされる。

仏教は無我論及び無常論であるとする人もおり、そういう人は仏教は全生命について魂や神といった本体を認めないとする。そうではなくて釈迦が説いたのは「無我」ではなくて「非我」である(「真実の我ではない」と説いた)とする人もいる。

衆生(生命・生きとし生けるもの)と生命でない物質との境は、ある存在が識(認識する働き)を持つか否かで区別される。また物質にも不変の実体を認めず、物理現象も無常、すなわち変化の連続であるとの認識に立つ。

物質にも精神にも普遍の実体及び本体がないことについて、「行為はあるが行為者はいない」などと説明されている。

人間存在の構成要素を五蘊に分ける。これは物理作用と4種類の心理機能のことで、物理と精神との二つで名色とも言う。 これらはブッダの死後、ブッダの言葉を研究したアビダルマ(対法)の研究者たちによって分類されたものであり、ブッダ自身が説かれた説では無いと言われている。

猶、仏教には魂の存在を肯定する宗派もあれば、肯定も否定もしない宗派もあれば、否定的な宗派もある。

世界の諸宗教は概して魂の存在を認めているが、仏教は宗教にしては珍しく霊魂に対して否定的な見解を示す宗派も存在する。

その理由については様々な説明があるが、1つには釈迦がある男に尋ねられた際の話が元になっているとする人もいる。

その男は

釈迦にこの宇宙はどうやって出来ているのか人間はどこから来て、死んだらどこに行くのか霊魂はあるのか死後の世界はあるのか極楽や地獄はあるのか等と尋ねてみた所、釈迦は

自分はそうした質問には答えない、お前は目の前で毒矢に当たって苦しんでいる男がいるのに、その毒矢がどこから飛んで来たのか?その毒は何なのか?その毒矢は誰が放ったのか?そういうことを聞くのか、そんなことよりも目の前で毒矢に当たって苦しんでいるその男を救ってあげることの方が大事ではないか?

と説いたという(毒矢の喩え 『マッジマ・ニカーヤ』(中部経典)第63経「Cula-Malunkyovada Sutta」(小マールンキャ経))。

この思想は釈迦の「無記」思想ともいわれている。

仏教では、根本教義において一切魂について説かなかったとしそれに習う形でそういう質問については一切答えない宗派もあり、やがて後代になるといつの間にか「無記」でもなく、「仏陀は霊魂の存在に否定的な見解を示した」と解釈する宗派も出て来た。

経典

初期仏教時代の『阿含経』ですら膨大な量であり、さらに後世となって大乗仏教運動が新経典を作成し続けたため、仏教は異様に経典が多く、1ヶ月程で完読出来る聖書や『コーラン』の様にはいかない。一生掛かっても無理といわれる程である。

よって大乗仏教圏では経典をランク分けし、好きなものだけ読むという習慣が生まれた。このため多くの派閥が生まれ、それによって読む経典が全く異なるという形態となっている。

信者の多い地域

イメージに反して仏教徒も時には戦争をする(日本にも一向一揆などがいた)が、イスラム・キリスト教ほど上手ではなかった。そのため多くの仏教国は滅ぶか、東アジアの様に急速に世俗化。日本では葬式・観光が主となって教えは隠れ、未だに熱心な一部の新興宗教が煙たがれる状況になっている。末法濁世においては仏教もまた無常ということなのであろう。

禅や瞑想法などは世界的に広まっているイメージがあるが、あくまでヒッピーブームとエクササイズの領域を脱しているものではない。これは日本で教会結婚式が増えているのと同じである。

世界的には人口増時代ではあるが、アブラハムの宗教教徒急増により偶像崇拝等で軋轢が予想される。今後は人口が伸びる上座部の国々がどれだけ世界的影響力を付けられるかというところである。

大乗仏教

チベット仏教

インドでは中世以降衰退し、中央部の住民(ヒンドゥー教徒が主流)から差別を受けていた北西部と東端部に信者が集中していたが、大半がイスラム教に改宗した。現在は日本の協力も有って復興運動が行われており、ヒンドゥー教の下位カーストから差別を嫌い改宗した信者が多い。

中国では共産党政府による宗教弾圧の影響によって、全体の約90%が無宗教となっており、韓国でも仏教弾圧が行われた結果、過半数は無宗教となりキリスト教が増加傾向にある。

ネパールインドネシア中央アジアでも、ヒンドゥー教徒・イスラム教徒が増える前は仏教が盛んだった。現在も決して少なくはないが、大半はヒンドゥー/イスラムが占めている。

日本の主な仏教宗派

日本の伝統仏教宗派は十三宗五十六派とされており、宗教団体法が施行される1940年(昭和15年)4月1日より前の時点における、日本の仏教の伝統的有力宗派のことである。

「十三宗」とは、それぞれの宗旨のことである。「五十六派」とは、それぞれの分派のことである。宗教学上で伝統仏教といわれる仏教の伝統宗教と定義されるのは、この五十六宗派に基づく。また、歴史教科書に書かれる鎌倉祖師たちの宗名は宗旨のことである。

日本では、専ら漢訳大乗経典が読まれた。ここを経由して入ってきた漢語は現在の日本語にも大きな影響を与えている。

日本での特殊な思想に、浄土教系各派、日蓮系各派で受け継がれている無戒思想がある。

これは、現在(11世紀以降)は末法の時代であり、悪い人間しか生まれてこない時代であるため、そのような人々はこれまでの仏教のやり方では救えない、またそんな悪い時代は僧も名ばかりなのが当然であるので、戒律なんか意味がないとする思想である。

これは『末法灯明記』という作者不明の謎の本を根拠とし、法然が飲酒を許可して以降、日本では僧の妻帯、肉食、飲酒が広まった。

これは現在でも海外のお坊さんが見たら絶句する様な過激な主張であり、各派から激しく非難されたが、近代になると合理主義的な発想として再評価された。さらに言えば政教分離の性質上、仏教徒ならば誰でも僧侶を自称し活動したところで日本においては法的にも問題ない(もちろん既存の宗派や寺院の僧侶を自称するのは詐欺にあたるのでNG)。

もう1つはオレンジ色の袈裟が非主流な点である。末法思想では末法には袈裟の色が変わってしまうというのがあり、この影響も受けている。

南都六宗

平安二宗

天台宗から分離

AIブッダ

近年では仏教における過激派や異端宗教、拝金主義の台頭によって「寧ろAIの方が教義の本来的な解釈に忠実で、認知が正常」という逆転現象が起こっており、ブータンでも「AIブッダ」が重宝されている。これには単純に人力では本職僧侶ですら仏教を勉強し切れないという切実な事情もある(参考)。

しかしこの「AIブッダ」に対しては「教義の解釈には地方差があって当然なのに、これでは教義のローカル色の否定となる」という批判もある。

関連タグ

宗教 信仰 キリスト教 イスラム教 ヒンズー教ヒンドゥー教ユダヤ教 神道 修験道 儒教 道教

聖闘士星矢乙女座黄金聖闘士として、乙女座のシャカ(釈迦)や乙女座のフドウ(不動明王)が登場しており、使用する技も仏教に肖ったものになっている。さらにシャカに関しては作中にて「最も神に近い男」と呼ばれている。

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