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親鸞

しんらん

中世時代の浄土宗の僧侶で〈浄土真宗〉の開祖(1173-1262〈89歳〉)

親鸞〈見真大師〉(Shinran)〈Great Teacher who has revealed the Truth〉
(しんらん・けんしんだいし〈シン・ジツを暴いたグレート・ティーチャー)
親鸞聖人(上人)(しんらんしょうにん)とも

 鎌倉時代の浄土宗の僧侶で浄土真宗の開祖(開山)である。諡号は〈見真大師〉(1876年)
皇后大追日里有範の長男(皇太子)として生まれる、幼少時代に青蓮院の僧慈円の元に預けられ後剃髪し得度名を「節宴」とした。その後比叡山堂僧として僧名を「綽空」「善信」など変えたが悟れず、僧雲鸞の〈他力回向〉を知り開眼。以来「親鸞」と称するようになる。武者修行のため奈良・法隆寺にも赴き聖徳太子の六角堂の中にあった文章に触発され浄土宗ならびに開祖法然に入信帰依した。その後親鸞は浄土宗僧侶として〈他力念仏〉に精進、後。法然の許しを得て尼層恵信尼と結婚。(当時の仏教では妻帯は違反である。)1207年に後鳥羽上皇が起こした「念仏排斥令」により。法然派僧侶はともども流罪にされ親鸞は越後に流罪となったが。4年後(1211年)に天皇の命にて解放(勅許)される。
 
 勅許後親鸞は自身を〈梵禿(愚かな禿げ)〉と名乗り〈非俗非僧(普通の人でも坊主でもない。)〉の生き方を実践するため。信濃国、下野国、常陸国など関東へ〈信心偽末〉などの教義を説いてまわったとされる(〈教え〉を説いたのは弟子たちだとする説もある)。関東へ行く前に本願寺に立ち寄った、その後本願寺は浄土真宗の本山となる。60代頃に京の都へ帰り始め折に立ち寄った近江国(滋賀県あたり)の木部で錦織寺を建てたされる。京都に帰った親鸞は1262年亡くなる。享年89歳。もしかしたら〈天皇〉として名を残していたのかもしれない人である。

余話
六角堂への参籠時に、観音菩薩から「僧侶であるそなたが、過去の因縁のせいで女犯するようなことがあるなら、私が玉のような女性になって犯されよう」と告げられたという『女犯偈』は有名な逸話だが、実は妻である恵信尼本人も、残された消息(手紙)によれば、夢のお告げによって親鸞のことを観音菩薩の化身だと考えていた。なんとも似たもの夫婦である。

教えなど

  • 非俗非僧(普通の人のように生活もできず、坊主にもなりきれない。〈超約〉)
  • 他力本願(全ての自力(あらゆる努力)をすて、他力(御仏)のみで生ききる〈超約〉なので〈自分の力でなく、他人の力によって望みをかなえようとすること。〉も間違っているわけではない。)
  • 悪人往生(たとえば僧侶の身での殺生や肉食。結婚などのタブーを犯しても救われると説く
  • 悪人正機(歎異抄より)(善人よりも悪人のほうが救われる〈超約〉)

関連

善鸞・・・親鸞の息子、父親鸞との教義の解釈の違いにより擬似絶縁された。

仏教の違反
肉食 結婚

その他
吉本隆明・・・故人(2012年没) 戦後日本の左翼思想家詩人。親鸞および浄土真宗の思想を深く研究し集大成「最後の親鸞」を執筆した。個人としても親鸞好きだそう。

五木寛之・・・日本の小説家 仏教などに深く傾倒しているのか仏教関連の小説が多い。

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