概要
大仏とは、大きな仏像を指す通称。仏教圏では、大きな功徳を求めた願主によって各地に大きな仏像が造られてきた。日本では高度経済成長期からバブル期にかけて、戦没者の供養や観光資源化を狙って巨大仏像が多数建てられた。
通例では釈迦の身長を基準に、一丈六尺≒約4.8メートル以上の立像、座像は半分の約2.4メートル以上の仏像が大仏と呼ばれるが、鎌ヶ谷大仏のようにそれ未満のサイズで大仏と呼ばれているものもなくはない。
上座部仏教圏では、タイのワット・ポー寺院の涅槃仏など、大乗仏教圏と違うスタイルになっている。もちろん大乗仏教の菩薩や如来は出て来ない。色は白や金色が多く、中にはピンクなどの極彩色に彩られているものもある(日本では鮮やかな色で塗られた仏像は珍しいが名古屋大仏などがある。奈良の大仏も元々は金箔が施されていたとされる)。直立しているイメージのためか涅槃仏が大仏と呼ばれることはあまりなく、日本最大の涅槃仏(全長45メートル)である佛願寺大涅槃大仏像(札幌市)などは札幌市民すらろくに知られておらず、タイ人や中国人やベトナム人などの外国人観光客の知名度の方が高い有様である。
中央アジアから中国にかけては岩壁を彫刻した磨崖仏も多く、特にアフガニスタンのバーミヤン大仏が有名だったが、タリバンにより破壊された。
日本の有名な大仏
仙台大観音…宮城県仙台市。像高92メートル(台座を入れると100m)の立像。バブル期の前後に乱立した話題性狙いの大仏の一つだが、近年はタイなどの仏教国の観光客に人気。
会津慈母大観音…福島県会津若松市の「祈りの里会津村」(法國寺会津別院)にある57 mの観音像。観音像の内部が展望台となっている。同施設には全長13.4 mの釈迦如来涅槃像(筑波万博のスリランカパビリオンに展示されていたもの)もある。
高崎白衣大観音…群馬県高崎市の観音山頂に立つ、高さ42メートルの鉄筋コンクリート製立像で、建立当時は世界最大の観音像だった。個人が建立し、昭和期に流行した巨大観音像のはしりであるが、国の登録有形文化財となっている。
牛久大仏…茨城県牛久市。東本願寺の霊園である牛久浄苑の中に作られた阿弥陀如来像。像高100メートル、台座も含めると120メートルあり、地上高世界最大のブロンズ製人型建造物としてギネスブック認定。ただし、鋳造の鎌倉大仏や奈良の大仏とは根本的に構造が異なり、鉄骨の上に青銅板を貼り付けているつくりになっている。
東京大仏…東京都板橋区の乗蓮寺にある阿弥陀如来像。青銅製の彫像大仏としては奈良、鎌倉に次ぐ3番目の大きさ。1977年建立のため、歴史としては浅い。
東京湾観音…千葉県富津市。像高56メートルの鉄筋コンクリート製立像。第二次世界大戦後に個人が建立し、宗教法人が所有する。牛久大仏と共に映画やテレビ番組での登場機会が多いため、首都圏での知名度は高い。
鎌ヶ谷大仏…千葉県鎌ケ谷市。個人所有。1.8メートルしかない座像で「大仏なのに小さい」とよく話題になり、墓地の中にあるロケーションのショボさも含めて「小仏」「ミニ仏」「がっかり名所」などと揶揄されながらも愛されている。
鎌倉大仏…メイン画像。高徳院(鎌倉市)の本尊で国宝。高さ11.39メートルの青銅(ブロンズ)製の座像。空洞になった内部に入ることができ、拝観者も内部を見学することができる(メイン画像のように明かり取り・換気の窓が背中についている)。建立当初は大仏殿内に安置されていたが、地震と津波により倒壊し失われたとされる。
大船観音…大船観音寺(鎌倉市)の本尊で、鎌倉市大船地区のランドマーク。約25メートルの半身像で上半身しかない。昭和初期に築造が開始されるが戦争の勃発で長らく放置され、戦後の1960年に完成した。
高岡大仏…富山県高岡市の大佛寺にある像高7.4メートルの銅製大仏。鎌倉大仏、奈良の大仏と並ぶ「日本三大仏」と称する。
加賀大観音…石川県加賀市の加賀寺にある、全高73メートルの鉄筋コンクリート製立像。胸に抱いている赤子像だけで奈良の大仏相当の大きさがあり、周囲に高い建物がないので遠くからもよく見える。元々は仏教をテーマとする複合テーマパーク「ユートピア加賀の郷」の目玉施設であったが、テーマパークは1999年に閉鎖、温泉施設やホテルや土産物屋なども次々と閉鎖され荒廃、現在では観音像のみが開場している。運営法人の加賀寺は宗教法人格がたびたび転売されており、豊星寺と名乗っていた時代に織田無道が住職を務めていたことがある。
越前大仏…福井県勝山市の清大寺にある像高17メートルの大仏(奈良の大仏よりも2メートル高い)。鉄筋コンクリート造りの大仏殿や五重塔といった伽藍、「門前町」と称する土産物店街と一緒に地元出身の実業家により建てられたが、この実業家の死後は上記の加賀大観音と同じく負の遺産と化し、税金の滞納で資産を差し押さえた勝山市も処分に苦慮することになった(結局、債権を放棄している)。門前町に入居している土産店は1軒しかなくシャッター街となっているが、加賀大観音界隈のように荒廃してはおらず、近年は外国人観光客が増えている。人工的な霧で雲海を作る仕掛けがある。
岐阜大仏…岐阜市の正法寺にある、江戸時代後期に建立された日本一の乾漆仏。高さ約13.6メートル。ここも「日本三大仏」の一つを称している。
名古屋大仏…愛知県名古屋市千種区の桃巌寺にある10メートルの座像。全身鮮やかな緑に塗られていて、金箔が施された目・耳・口、蓮ではなく象に支えられているなどやたらに存在感があるデザインで、珍スポットとして知られる。
布袋の大仏…愛知県江南市。鉄筋コンクリート製で、所有者の鍼灸院が併設された住居一体型の大仏。ここも珍スポットとして有名。近隣の名鉄犬山線の車窓からよく見え、列車と大仏を絡めた鉄道写真が撮られることも多い。踏切の警報灯でちょうど目が隠される形になることから「サングラス大仏」という通称でも親しまれている
聚楽園大仏…愛知県東海市。像高18.8メートルの鉄筋コンクリート製だが、銅製に見えるよう銅粉を吹き付けている。元は立地する聚楽園とともに私有だったが、聚楽園は市に寄贈されて公園化され、大仏は保存のために創設された寺院・大仏寺が所有している。
奈良の大仏…東大寺(奈良市)の本尊である、日本の大仏の代名詞。高さ約15メートルの青銅の座像。個人や寺院が建立した他の大仏と違い、聖武天皇の発願により国の事業として建立された。重さは約400トンと推定され、国宝に指定されている。
兵庫大仏…兵庫県神戸市の能福寺にある、像高11mの青銅製座像(同寺の本尊ではない)。現在の大仏は1991年に再建されたものだが、元の像は明治時代に建立され、戦前には奈良・鎌倉と共に日本三大仏の一つに数えられていたが、戦時中の金属供出で失われた。
広島大仏…鎌倉時代に制作されたと伝わる像高4メートルの木製座像。全身に金箔が施されている。現在は奈良県の極楽寺にあるが、数奇な運命を辿ったことで知られる。明治に廃仏毀釈の難を逃れて頭部と胴がバラバラになって転々と人手に渡り、広島で一体に戻って「三段峡大仏」としていったん安置されるが、戦後に原爆犠牲者を弔うために原爆ドーム近くの寺に移される。ところが関係者らが所有権をめぐって争うようになり盗難に遭って長らく行方不明になっていた。
熊野磨崖仏…大分県豊後高田市にある磨崖仏。国指定の重要文化財で、平安時代の末期の作と言われる。高さ約8メートルの不動明王二童子像、高さ6メートルの大日如来像などがある。