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概要編集

正式名称はパキスタン・イスラム共和国。面積79.6万平方km、人口2億4149万人(2023年)。

首都はイスラマバード。最大の都市はカラチ。


1947年にイギリスから独立。東はインド、西はイラン、北西はアフガニスタンに接する。国名は、清浄な土地を意味する。


公用語は英語であり、また国語にはアラビア文字から派生したウルドゥー文字で表記されるウルドゥー語が指定されている。なお、ウルドゥー語はインドの公用語でデーヴァナーガリー文字で表記されるヒンディー語と事実上同一言語であり、文字表記以外は方言程度の違いしかない。


環境編集

国名の由来とは裏腹に大気汚染はかなり酷い。スモッグが街中に蔓延しておりピークに達した際には戸外活動時のマスク着用を全市民に義務付ける政令も発出する程。

原因としては米や麦の収穫で出たわらの野焼きや、レンガ工場の排煙、古いバイクやオートリキシャ(三輪車)の排気ガスなどがスモッグ発生の複合要因と指摘されている。特に雨が少なく空気の乾燥する冬期は、大気汚染が悪化する傾向にある。


ある人の話によれば、「大気汚染がひどく、外の見通しも悪い。学校では子供たちにマスクを着用させ、屋外体育は休止している。自宅の室内でも空気が悪く、空気清浄機を24時間稼働させている」と語った。


英語力編集

イギリス連邦元加盟国であり、なおかつ多民族国家ゆえの中立性担保という観点から英語が唯一の公用語になっている。

実態はウルドゥー語や各部族の土着語の影響を多分に受けた方言

とはいえ、このパキスタン英語も法令などに使われる程度で日常的に常用されているわけではなく、公務員などの一部の職業の人間以外にはほぼ無縁な代物である。


そのため、英語が公用語であるにもかかわらず、英語を話せない人が非常に多い国である。

加えてイスラム過激派やそのシンパの存在が、西洋文化を一律に退廃的なものとみなして排斥している風潮もあり、同様に西洋の代名詞たる英語の普及妨害に拍車をかけている。


治安編集

治安はかなり悪くイスラム過激派などのテロ組織が跋扈する。

北部山岳地域は特に治安が悪いことで有名であるが、これはカシミールを代表するインド中国との領土問題に加え、同国の法令の記載言語である英語を理解できない市民が大半を占めるため、法律が市民生活に定着せず、法による統治ができないことが大いに影響している。こういった地域では旧来の、時には紀元前に遡るような因習や部族のが、イスラム教の戒律に無理やり結びつけられたり、時にはコーランの記載事実にさえ反してすり替えられたりして、同国の法令以上に重視されている部落も点在する。

そのため日本の外務省は渡航中止を呼びかけている。


国際関係編集

もともとイギリス領インドの一部であったが、宗教問題によりインドと対立し分離。この際同じくイスラム教が多数派の東ベンガル(バングラデシュ)と一緒の国になったが、パキスタン政府が東ベンガルにもウルドゥー語を押し付けようとしたため反発を招き、1971年にバングラデシュが分離した。インドとはたびたび戦火を交えており、現在も対立関係にある。インドと同じく核兵器保有国であり、インドとの核戦争の危機に陥ったこともある。中華人民共和国と親しく、北朝鮮との代理で核実験を行った疑惑もある。


核開発面ではサウジアラビアのスポンサー国家としての一面も存在しており、又、両国はAIIBの加盟国である一方、サウジと異なり上海協力機構の正式加盟国でもある。


日本との関係編集

日本とは友好的な関係であり、綿花の一大生産地であった事から繊維業界が日本とのつながりが深く、日本からは投資と共に品質にこだわる事についても教えられたとの事。

また、車が右ハンドルな為、新車の9割は日本製で、そのうちの5割はSUZUKI製との事で、これは同地へ最初に車の輸出を行ったのがSUZUKIだからとの事で、同地ではタクシーの事をSUZUKIと呼んでいる。

また、インドと同様に上海協力機構にオブザーバー加盟している事から判るように独自の外交政策を展開していたが、最近は両国とも正式加盟国に昇格。


一般的にはあまり注目されていなかったが、突如鉄拳界隈から注目される事になる。


俺より強い奴はまだいるよ編集

「Tokyo Tekken Masters 2019」にて日本のプロ選手が優勝を期待される中、無名の二名の選手が圧倒的強さで優勝と準優勝を獲得した。その二名の選手はこれまでビザの審査が厳しく、日本に来ることすら出来なかったパキスタン人であり、更に優勝者は地元のパキスタンでは、ゲーセンの地方大会で17位パキスタンの国内大会では32位に完封されるなどの魔界っぷりが明らかになった衝撃の事実であった。


ネット環境の不十分さ、治安の悪さがオフラインでの筐体による昔ながらの格闘ゲームスタイルを後押しし、更に圧倒的な反射神経と丁寧なプレイスタイル、更に戦略と心理戦に長けたプロプレイヤーを産み出していたのが判明した。


俺より強い奴に会いに行くは格闘ゲームで有名な台詞であったが、ノンフィクションでも当てはまったのである。


鉄拳の歴史はパキスタン前と後とで分かれる」とまで言われ始めている。


ゲーム関連の話ながら、NHKや朝日新聞や激レアさんを連れてきた、などの大手メディアも取り上げた。


(中国のザ・キング・オブ・ファイターズ事件と似ている。)

コートジボワールの選手が「我々ならパキスタンに勝てる」と発言したり世界チャンピオン経験者がペルーに行って完封され国際大会でペルー人がトップ3を独占したりやベネズエラ人やケニア人等も台頭し始めている)


時系列コピペ編集

毎回韓国勢と日本勢の戦いになる世界大会に突如無名のパキスタン人が現れて優勝

パキスタン人「母国には俺より強い奴が沢山いる」

業界騒然

日本のプロと韓国のプロが2人でパキスタン現地に向かい修行に行くも

無名の修羅に敗れる

半年後に新たな二人のパキスタン人が世界大会に現れる

圧倒的な強さでパキスタン勢が勝ち上がり決勝はパキスタン同士に(ここまでお互いほぼ無敗)

優勝したパキスタン人「僕は地元の大会では17位になる位の実力」「次はワールドツアーを狙う」

パキスタン勢、まさかのアケコンを持っておらずその場の他人から借りたアケコンだった事が判明

鉄拳業界騒然、原田P「歴史が変わった」

パキスタン国内で地方大会が開催されて世界から注目を集める

ゲストで参加した世界ランク6位のフランス人が予選落ちで65位になる程の魔界っぷりを見せる(世界大会で無双してたパキスタン人もTOP32の無名に負ける)

ワールドツアー開幕、日本のプロと韓国のプロがパキスタンの動きを対策してパキスタン勢がTOP8に入らない程に実力を見せ

決勝戦は日本VS韓国


その2人はあの時パキスタン現地に修行に出ていた選手だった

そして日本が優勝


関連タグ編集

インダス川 イスラム教

インド イラン アフガニスタン 中華人民共和国…隣接国



有名人編集

  • ジンナー:パキスタン建国の父。インドのイスラム教徒の指導者であり、一時はマハトマ・ガンジーとも協力したが、次第に対立。第二次世界大戦時には国民会議派がイギリスに対する「インドを立ち去れ運動」を展開して反英闘争を展開したのに反対して、戦争をファシズムとの戦いと規定してイギリスを支援。ジンナーはネルーとの協議をたびたび行ったが、歩み寄ることはできず、英が最終的に分離独立を打ち出すとそれを受け入れた。こうして印の分離独立が確定、ジンナーはその初代総督となったが翌年病死。



参考編集

  • 世界史の窓

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