エスケヱプ・スピヰド
えすけえぷすぴいど
概要
電撃文庫から2012年2月より刊行開始、2014年11月の七巻で完結。2015年4月には短編集が発売された。著者は九岡望である。
近未来の設定で、舞台はおそらく大日本帝国がモデルである国であり、物語発生以前に発生した戦争により復興のさなかである。「人工知能と人体の機械化の技術」が非常に発展している。
「鬼虫」という、サイボーグの本体と虫型の大型機体(虫体)にて構成される兵器群の一角九曜とコールドスリープされていた15歳(相対年齢35歳)の少女叶葉の物語であり、燃えはあっても萌えは存在しないとされる。
なおこの作品は九岡望氏の電撃小説大賞の受賞作であり、デビュー作である。
登場人物
主要人物
本作の主人公にしてヒロイン。
戦後20年間を冷凍睡眠で過ごした為、肉体年齢は15歳、生まれてからの年齢は35歳の女性。
幼少期に親を亡くして以来天涯孤独の身であり、小さい頃は女中として、家が潰れてからは色街で働いており、偶然色街を通った伍長により「妹に似ていた」という理由で身請けされ、その後伍長が戦死するまでの一年間を彼と過ごした。
学校に通った事は無いが、働く上で必要な教養や家事スキル全般は骨身に滲みて叩き込まれており、文字の読み書きや計算は日常において全く問題無い程。
冷凍睡眠から目覚めてからはサバイバルスキルも身に付けており、更に九曜と出会ってからは可児により対機械兵を想定した護身術も身に付けた。
性格は穏やかで活発。しかし様々な環境で働いていた経験からか度胸と芯の強さは周囲の人間の中でも群を抜いており、突如襲撃してきた竜胆から九曜を守る為に単身飛び出し、閃光弾と拳銃を無力感され転ばされ、「動けば殺す」と目の前に刃物を突き出されても尚、刃を掴んで「九曜に手を出したら許さない」と言い放つほど。
非常に働き者でもあり、尽天に居た時には屋外探索に家事炊事、荷物の運搬や会議の際のお茶汲みまでこなす。
本作のもう一人の主人公。
正式名称「鬼虫九番式『蜂』・金糸の九曜」。
八洲軍によって開発された最強の兵器「鬼虫」シリーズの第三世代機にしてラストナンバーであり、作中ではほぼ一貫して「九番式の本体」を指して呼ばれる。
見た目こそ士官学校の制服を着た16前後の少年だが、虫に乗れば一機当千、たとえ本体のみだとしても、常人を遥かに超える力に加え左手の篭手に仕込まれたニードルガン、更に特攻術「電磁制御(エレキテル)」による多種多様な戦術で並の兵器を寄せ付けない。
一人称は「小生」であり、話し方や態度はかなり堅め。
とはいえ、それは「兵器」としての自分を演じていたからであり、一巻中盤及び二巻以降は駄洒落を言ったり、いい肉を買える報酬に釣られたり、すき焼きの肉を鴇子と奪いあったり、将棋で菊丸にこっぴどく負けて根に持ったりと年相応な面を見せる事も増えた。
また、貧乳の叶葉と巨乳の菘を見比べ「たった一年でここまで違いが出るものか」などと(本当にただの学術的興味の観点から)デリカシーの無い発言をして叶葉に怒られることがあるが、同時に「自分は叶葉と居たい」となんの気無しに言って叶葉を照れさせる事もあるので、割と天然な性格でもある模様。
かつて「整備科特務少尉」として鬼虫シリーズにも携わったベテラン(元)整備兵、安東稔の孫娘。
年代的な年齢は叶葉より一つ下だが、叶葉より早く冷凍睡眠から目覚めて活動していた為、肉体年齢は一つ上になっている。
祖父譲りで機械弄りが好きな少女だが、祖父曰く「まだまだヒヨッ子」。しかし段取りややり方を気にせず己の本能に従って作業すると「妙に良い仕事をする」時があるらしく、物語終盤においては彼女のその「妙に良い仕事」が戦場の命運を分ける切り札になるなど、その才能は本物。
尽天では唯一の同年代であった叶葉の親友で、さっぱりとした性格。
まだ「兵器」としての自認が強かった頃の九曜とは一悶着あったが、その後和解している。
八洲国の第三皇女を自称する少女。二巻より登場。
何世代にも渡って皇族護衛機として改修されてきた菊丸に加え皇族由来の品を持っているが、本人は皇族と謎の「くらぎ」という言葉、そして「逃げなければいけない」という事以外の記憶を失っており、東京に来たばかりの九曜が鬼虫の九番式である事を見抜いて護衛を頼んだ(頼んだと言うにはかなり自分勝手な物言いだったが)。
皇族で世間知らず。常に敬われる立場だったせいか、叶葉達に護衛を頼む際は「護衛させてやる」。逃げる為に菊丸と泥棒紛いの事をして食糧を調達していた際は、寧ろ開き直って「私(第三皇女)が食べるのだから、感謝してほしいくらいだ」と言う等、プライドがかなり高く尊大な物言いをする。
が、それを聞いた叶葉に正座でガチ説教されて謝ったり、泥棒をした相手全員に謝罪して盗った分をタダ働きしに行ったり等、世間知らずなだけで性格は素直。但し、つまみ食いや九曜との肉の奪い合い、「裸の付き合い」と言って、叶葉に自分の尻(に出来たアザ)を見せる等、皇族と言うにはやや品性に掛ける部分がある。
叶葉達と過ごすようになってからは、叶葉と共に東京下町の飯処「捨屋」にてホール担当の仕事をしており、それまで店主の捨三ひとりで切り盛りしていた為か、ホールと厨房を往き来する叶葉と共に「とっこ」の愛称で看板娘として親しまれている。
額に菊の紋が入った機械兵だが、その体格は一般の機械兵と比較して遥かに大柄。
電脳の言語野に異常を来しており、発声会話は愚か機械同士の接触通信でも意味不明な言葉しか交わせない。が、言葉の理解は可能であり、菊丸自身が(表情が固定の為身振り手振りではあるが)かなり表情豊かなので意思疎通に支障は無い。
元々は相当に古い旧型機体ながら皇族護衛機として何度も最新の改修を施されてきた特殊機体。
素手での近接格闘を念頭においた改修が為された事により、虫体を失い副脳の補助を受けられないとはいえ、腐っても鬼虫である九曜と対等に渡り合う等、その戦闘力は非常に高い。
全身に圧縮空気を用いた様々なギミックを搭載しており、手足を使い捨て(回収できればまた使える)にして発射する「ロケットパンチ」(後にワイヤーを搭載し素早く回収可能になった)の他、全身の装甲をパージし、人工筋肉と吸気口を剥き出しにすることで、稼働時間と防御力の低下を犠牲に爆発的な速度と出力上昇を得る事も出来る。
また、後には中央管理局と巴によって改修された。
機械兵はその名の通り機械ではあるが、本作の機械兵達はそれぞれ個性と言うべきものがある程度存在し、菊丸はさながら「主(鴇子)に手を焼くじぃや」とでも言うような感じである。
しかし鴇子を思う心は本物で、悪と知りつつ鴇子の為に食糧を盗んだり、たとえ主の命であっても「主が辛い思いをする」と判断すれば立ち塞がる事も。
九曜と菊丸の戦闘を止める為パンチの軌道上に鴇子が飛び出して来た際には、もう片方の手で腕を殴りつけて強引に停止させた。
日常においてはその大柄な体格に似合わず意外と家庭的であり、叶葉の家事を手伝ったりし、叶葉の趣味でクマさんのワッペンが付いたエプロンを着用する。
また、将棋が異様に強く、九曜も含め輸送中で暇な機械兵達とやっても誰も勝てたためしが無い。
因みに足には幼少期の鴇子が背の記録の為に付けた傷がある。
尽天
安東菘の祖父にして、尽天で様々な機械類の修理を行う技術者達の纏め役。その延長で尽天全体の相談役も担っており、探索班の綱島にも頼りにされている。
かつては最高クラスの軍事機密である「鬼虫」シリーズの整備にも関わり、九曜は愚か鬼虫シリーズの開発者にして自ら被検体となった弐番式・羅刹の巴にも認知されている等、かなりの腕利き。
既に高齢でありながら、叶葉の「甲種指令」でおすわりをさせられた九曜を見て「天下の鬼虫様がおすわりをさせられている」と爆笑したり、晩飯のカレーに喜んだり、輸送機に酔って吐き「すっきりした」と宣うなど若々しさを忘れない。
しかしその老練された精神と技術は本物であり、ふとした瞬間に見せる表情は、裏方とはいえ彼が軍人であった事を思い出させるに充分である。
尽天にて、廃墟の中で様々な物質の調達とマッピングを行う探索班のリーダー。整備班の安東稔と合わせて、尽天全体のリーダーのような役割も担っている中年の男性。
尽天に限った話ではないが、廃墟には暴走した機械兵達が存在するため対機械兵を想定した護身術も会得しており、その為安東ら整備班が尽天の海側に存在する通信塔乙号を修理しに行く際には彼ら探索班が道案内と護衛を担うことも。
性格はさっぱりとしているが、異常があると見れば直ぐ様拳銃に手をやるなど、機械兵に代表される暴走兵器によって死傷者が出やすい探索班ならではの警戒心を持つ。
妻がいるが、尽天ではその物資の少なさから老朽化の少ない冷凍睡眠ポッドはなるべく目覚めさせない方針の為に未だ眠ったままである。
かつての叶葉の主。本名は一緒に暮らしていた叶葉すら知らない。
色街に売られていた叶葉を「妹に似ている」と言って引き取った人物であり、叶葉にとっては兄のように思った事もある恩人。
20年前の、戦争が終わる少し前に「軍人には死ぬとわかっていても行かねばならない時がある」と言って戦地へ赴き、その後戦死したと思われる。
用語
鬼虫(きちゅう)
先の大戦で《八洲国》が、持てる技術を総動員して造り上げた最強の兵器。本体は適性を持つ人間に改造・調整および記憶の消去を施したサイボーグで、巨大な虫型のメカに乗って戦う。
それぞれ特別攻撃術(通称"特攻術")と呼ばれる特殊能力を持っている。
尚、機体はそれぞれ
鬼虫壱番式「蜻蛉」・四天の竜胆 試作機及び指揮官機
鬼虫弐番式「蜘蛛」・羅刹の巴 対生物・対機械の毒物と罠による支援
鬼虫参番式「蟷螂」・夜叉の剣菱 超至近距離での白兵戦
鬼虫四番式「蜈蚣」・怒将の井筒 重装甲と大量の重火器による制圧
鬼虫伍番式「蛾」・奔王の万字 高高度からの戦略爆撃
鬼虫陸番式「蟋蟀」・鉤行の庵 徹底した存在隠蔽と超長距離からの狙撃
鬼虫七番式「蟻」・霖鬼の楓 大量の子機による情報収集と高速演算
鬼虫八番式「蜉蝣」・無明の柊 特攻術による空間の冷却
鬼虫九番式「蜂」・金糸の九曜 全状況に対応する遊撃
となっている。
また、鬼虫は壱から参番式が、試験機としての意味合いが強く適合者をあまり選ばない第一世代。
四から陸番式が、やや適合者を選び実用性を求めた第二世代。
漆から九が、かなり適合者を選びより強力に調整された第三世代となっている。
この内、壱番式と九番式を除く7機(尽天と連絡が復旧するまでの東京では全機)は先の戦争で死んだとされている。
戦後20年経った東京でも、"虫をモチーフにした兵器""全部で九機製造された"等といった詳細は知られていないが、名前だけは認知されている。
『戦争』
特に名称はない。いつから始まったかは明言されていたないが、鬼虫シリーズの開発とその適合者の発見、最終機である蜂が長い間適合者が見付からず、漸く九曜が見付かり治療・改造した上に短く無い期間を他の鬼虫シリーズと過ごしたと考えると、相当長い間戦争していたと考えられる。
物語が開始した昭和101年の20年ほど前に、共倒れの形でなし崩しに終結した。
《八洲国(やしまこく)》
舞台となる国家。極東の島国で、君主制を取っている。 先の『戦争』では物量不足から極端な少数精鋭で戦った。
現在は戦禍により国の大半が荒廃している他、戦時中に生産・配備された機械兵や歩行戦車に代表される自律兵器群が、「倒すべき敵」という自律制御における目標を失った結果エラーを起こし、敵味方の区別も無く動く物を無差別に破壊する歩く災害と化している。
《尽天》*
壱巻における舞台。戦中は防衛都市であり、空襲によって廃墟と化した。住民は冷凍睡眠に入り、極最近になって目覚めた者が復興に向けて活動している。
《東京》*
八洲の帝都で、弐巻以降の舞台。比較的復興が進んだ戦後最大の都市。