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イエロー・マジック・オーケストラの編集履歴

2010/06/14 02:10:39 版

編集者:siro

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イエロー・マジック・オーケストラ

イエロー・マジック・オーケストラ(Yellow Masic Orchestra)とは、細野晴臣・高橋幸宏・坂本龍一の3人によって、1978年に結成された音楽ユニット。略称は「YMO

サポートメンバーに渡辺香津美,矢野顕子,松武秀樹などが居る。

シンセサイザー等の電子楽器を活用し、日本における「テクノポップ」と呼ばれるジャンルを確立した。

結成当時、すでにドイツのkraftwerkやアメリカのDEVOなどが存在したが、日本にシンセミュージックを

根付かせたのは彼らであろう。

当時の歌謡曲においても「テクノ歌謡」というジャンルが生まれ、松田聖子や中森明菜、イモ欽トリオ、

挙句には「みんなのうた」の「コンピューターおばあちゃん」まで、1980年代初頭には電子音が溢れかえった。

代表曲は「RYDEEN」「TECHNOPOLIS」「君に、胸キュン。」など。

活動変遷

1978年2月19日 - 細野宅に呼ばれた高橋と坂本に細野が「ファイアークラッカー」をエレクトロディスコ調でカバーしてアメリカで400万枚レコードを売るという(半分ネタの)構想が打ち明けられる。この日が実質的なYMOの結成日。

1979年 - 第1回ワールドツアー「Trans Atlantic Tour」を行う。これがきっかけとなって、日本に人気が逆輸入される形で大ブレイクする。

1980年 - 第1回ジャパンツアー「TECHNOPOLIS 2000-20」、第2回ワールドツアー「From TOKIO to TOKYO」を行う。この年に人気絶頂となる。

1981年 - 「BGM」「TECHNODELIC」を発表。第2回ジャパンツアー「Winter Live'81」をおこなう。

1983年に「散開」を宣言し、第3回ジャパンツアーを行う(通称:散開ツアー)。メンバーはその後、ソロ活動や他のユニットでの活動を行う。

1993年に「再生」を果たす。このときは商標の関係で「YMO」の名前をそのまま使えなかったので、大きな×印の入った「YMO」(ノットYMO)と表記された。

2003年から細野と高橋のエレクトロニカユニット「Sketch Show」に坂本が参加し、「Human Audio Sponge」として活動を再開する。

2007年にYellow Magic Orchestraの名で「RYDEEN 79/07」を発表。以降は「HAS+YMO」で「HASYMO」(ハシモ)として活動する。

2008年6月にはLondonとスペインのGijonで28年ぶりの海外公演が行われた。

人物

細野晴臣(ベース)

高橋幸宏(ドラム)

坂本龍一(キーボード)

関連イラスト

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関連タグ

YMO 邦楽 テクノポップ

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