概要
三平三平の祖父。歳は60過ぎ。和竿作りを生業としている。
温かくも厳しさをもち、身辺を飾らない素朴で心の広い老爺。
三平にとっては第一の釣りの師でもあり、長年にわたって両親のいない彼の親代わりを務めてきた。
釣り人として
釣りのスタイルは、昔乍らの延べ竿(リールを用いない釣竿のこと)主体。
その技術や知識は極めて高く、作中ではY川における鮎釣り大会で近々10回中6回の優勝を果たすほどで、名人として名を知られている。
また、釣りの面白さは
「やたら数釣ればいいのではなく、狙ったポイントから一匹一匹を吟味して釣ること」
「釣りの基本は生餌であり、疑似餌は目立つことばかりに囚われて自然さを損なってはいけない」
と説いたこともあった。
ただ、延べ竿が制限の多い釣り方であることや高齢であることもあり、さすがに大物との駆け引きは得意ではない。
他にも様々な釣り人の話や釣り具職人、魚(特に淡水魚)に関わる人物についての令聞、交友関係も豊富。
職人として
和竿職人として名高く、釣り人の間では「一平竿」として有名。
第一回釣り具コンクールにおいては、山女魚竿で和竿部門の最高賞を受賞したこともある。
他にも20mちかいポイントへ打ち込むべく作成した9mの渓流竿(和竿としてみた場合、通常の倍近い長さ)は、釣り人からすれば度肝を抜く代物。
「釣竿は道具である以上、実用的であること」にこそ、こだわっているため、「飾るためだけの竿を作ってくれ」と頼まれた際は、烈火の如く怒って相手を追い返したほど。
作中での軌跡
三平らと釣行をともにし、時に魚紳とともに皆を導くなど、終始釣友および年長者として見守っていた。
沢から転落して一時は生死の境を彷徨うも、半ば天涯孤独の身である三平が本当に独りぼっちになってしまうことを恐れ、生還したこともあった。
ある日三平がいつものように釣りから帰宅するも、返事がない。
昼寝をしているのかと思ったのも束の間、手製の竿を手にしたままの姿で、穏やかにこの世を去っていたのである。
齢77、初冬のことであった。