逸話
純粋
- 同時代の人の数々の証言から、かっとなりやすい性格だったことがうかがえる。その性格のため若い頃はけんかも多く、あるとき顔を殴られて鼻が曲がってしまった。このためもあって容姿にコンプレックスを持ち、自画像を残さず、さらに気難しい性格になってしまった。
- 彫刻至上主義者だった、15歳年上のダヴィンチ(絵画至上主義者だった)を「仕事が遅いんだ、手前は」と罵倒、ダヴィンチは「鉄の棒をへし折るほど」激怒したという。
BL
- 一説には同性愛だったとも言われ、女性に対する性的な関心は皆無だったが、既に老年に入った1535年に、ヴィットリア・コロンナ(1492-1547年、ローマ貴族のコロンナ家出身)という未亡人と知り合い、友情を交わすようになる。
ロマンチスト
- ヴィットリアに捧げるソネットを数多く作り、「最後の審判」に描かれるマリアはヴィットリアがモデルだといわれる。
暑苦しい男
- ヴィットリアが自分より先に亡くなると、ミケランジェロは大いに嘆き悲しんだ。
超天才肌
- 仕事に取り掛かるのは遅いが、いざ始めると周囲が驚くほどの速度で仕上げたといわれる。
- 通りすがりの人物を後ろ手に「ノミ」をもち、すばやく正確に「彫った」(彫刻のデッサン)をした。
- 一人でやらないと気が済まないタイプだった
- たしか、バチカンにあるピエタ(2年)た「最後の審判」(20数年)すべて一人で完成させた。
- 彫刻の題材をどうやって決めるかをたずねられた際、「考えたこともない。素材が命じるままに彫るだけだ」と答えた。
傲慢
- サン・ピエトロのピエタ制作時、当時の枢機卿から「マリアの姿が若過ぎる」と批判を受けたが、それに対し、「罪ある人間は歳をとるが、無原罪の聖母は常人のようには歳をとらないのだ」と答えている。
- システィナ礼拝堂の天井画の制作は大変な重労働であった。上を向いて首を曲げた格好で制作を続けたため首の骨が曲がり、滴る絵具が目に落ちて視力を損なってしまったという。
教皇から脅される。
- 制作初期の段階でユリウス教皇に「完成はいつ頃になるのだ」と聞かれたところ、連日の制作に疲れていたミケ-ランジェロは苛立ち、「私が『出来た』と言った時です」と返答した。これに対し、気の荒いことで知られた教皇(ユリウス2世)は「早く完成させないと足場から突き落とすぞ」と言い返したという。
- かつてのイタリア10000リラ紙幣に肖像が描かれていた。