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江戸幕府の編集履歴

2012-03-15 16:30:50 バージョン

江戸幕府

えどばくふ

1603年に征夷大将軍に任官した徳川家康が創設した武家政権である。江戸(現:東京)に本拠を置いたのでこう呼ばれる。徳川幕府(とくがわばくふ)ともいう。安土桃山時代とともに後期封建社会にあたる。

一番有名な幕府

徳川家の当主が正二位内大臣兼右大将に叙任され、征夷大将軍に任じられて、260余りの武家大名と主従関係を結び、彼らを統率するという制度は、1600年代後半までに確立された。


その将軍の政府を「幕府」、臣従している大名家を「藩」、さらに両者が複合した権力の体制を「幕藩体制」と一般に呼んでいる。ただし、「幕府」及び「藩」の語は幕末期に広く使用され、現在も歴史用語として定着しているものの、江戸時代を通じて使用されていた訳ではない。それまでは、将軍の政府は「公儀」「公辺」などと漠然と呼ばれていた。

幕府の始期及び終期については諸説あるが、征夷大将軍の任官時期に着目する場合には、家康がはじめて将軍職に任じられた1603年3月24日(慶長8年2月12日)から、いわゆる王政復古の大号令によって15代将軍徳川慶喜の将軍職辞任が勅許され、併せて幕府の廃止が宣言された1868年1月3日(慶応3年12月9日)までとなる。


終期には他にも1867年11月9日(慶応3年10月14日)に15代将軍徳川慶喜が大政奉還を行った時、1868年5月3日(慶応4年/明治元年4月11日)の江戸開城とする説もある。


徳川将軍が実質的に日本を支配した、この260年あまりの期間を一般に「江戸時代」と呼ぶ。江戸幕府は、日本の歴史上、鎌倉幕府及び室町幕府に続く、最後の武家政権である。

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