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吉田兼煕の編集履歴

2024-10-26 20:24:01 バージョン

吉田兼煕

よしだかねひろ

吉田兼煕とは南北朝時代から室町時代の公卿、神道家。

概要

父は卜部兼豊、官位は正三位、神祇大副吉田家の祖。


プロフィール

時代南北朝時代室町時代
生誕貞和4年(1348年)
死没応永9年5月3日(1402年6月3日
官位正三位、神祇大副
主君後円融天皇後小松天皇
氏族吉田家
父母父:卜部兼豊
兼敦、定心院上臈、兼村、兼行、兼任

経歴

永和元年(1375年)に宿禰から朝臣に改姓、永和4年(1378年)に吉田を名乗った、至徳3年(1386年)に従三位となる、明徳3年(1392年)の南北朝合一の交渉に動いた。


外部リンク

吉田兼煕 - Wikipedia


関連タグ

公家 南北朝時代 室町時代 吉田家 卜部氏

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