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羽生結弦

はにゅうゆづる

日本のフィギュアスケーター(男子シングル)。 ソチオリンピック金メダリスト。
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概要

日本フィギュアスケート選手(男子シングル)。愛称「ゆづ」。
1994年12月7日生まれ。宮城県仙台市出身。
血液型B型。身長:171cm。体重:52kg。

名前は「弓の弦を結ぶように凜とした生き方をしてほしい」との願いから父が命名。

演技前に胸の前で十字を切るような動作は「ジャンプの回転軸と両肩を平行に保つ意識を確認する自己流のおまじない」である。ちなみに「」と描いている。

真面目で礼儀正しいが、たいへん勝気な性格でもある。

強力なライバルが存在すること、乗り越える壁や課題を与えられること、逆境を歓迎する旨の発言をしばしば残しており「追い掛ける立場」であるほうが燃えるという。
自身を「少年漫画熱血キャラタイプ」だと分析している。
また三冠達成後も「去年の自分のままではいたくない」と目標を新たに設定し、それをモチベーションにする精神力の持ち主である。

略歴

2008-2009年全日本ジュニア選手権優勝(2連覇)
2009年ジュニアGPファイナル優勝(史上最年少)
2010年世界ジュニア選手権優勝
2011年,2013年四大陸選手権2位
2012年世界選手権銅メダル
2012-2014年全日本選手権優勝(3連覇)
2013-2014年GPファイナル優勝(2連覇)
2014年ソチオリンピック金メダル
2014年世界選手権優勝
※2013-14年シーズンはGPファイナル、五輪、世界選手権を制覇。
2001-02年シーズンのアレクセイ・ヤグディンに続き、史上2人目の三冠王者となった。
2015年世界選手権銀メダル

ソチオリンピック

ショートプログラム「パリの散歩道」では、世界歴代最高得点となる101.45点を叩き出し首位発進。翌日のフリーでは実力を発揮しきれなかったが、同じく不調が続いた2位のパトリック・チャンの追撃を振り切り、日本の男子シングル史上初となる金メダルを獲得。
ソチ五輪における日本選手唯一の金メダリストとなった。

おめでとう!!
素敵でした



しかしフリーの演技には相当悔いが残ったらしく、競技終了後のインタビューにおいて
金メダルを取っておいて言うのも何ですが、悔しいです」と述べていた。

人物

スケート技術

2種類(トウループとサルコウ)の4回転ジャンプを跳び、満身創痍でなければ4回転トゥループを得点源の一つにする。
最大の武器は必殺技レベルにある世界最高峰のトリプルアクセル
どんな状態でも殆ど失敗しないという鉄壁さを誇り、特に基礎点が1.1倍となる演技後半に連続ジャンプにして組み込むことで、4回転以上の強力な得点源としている。
トリプルアクセル単体でも、常に高いGOE(出来映え点)を獲得する。
柔軟性を生かし多彩なポジションをとることができるスピンも評価が高く、重要な得点源となっている。

体質

2歳から喘息の持病があり、スケートを始めた当初の目的も喘息を克服することにあった。
肺を大きく開いて呼吸することができないため、演技後半になると呼吸が苦しくなり、姿勢が前屈みになるといった欠点や、体力不足など指摘があったが、治療を続けることで徐々に改善されつつある。

曰く「食べることに興味がない」らしくかなりの小食。
勝負食は。「お米は日本人の命です」(2014年NHK杯インタビュー)。卵かけご飯が好物である。
パンでは調子が上がらないらしく、海外生活ではその調達に苦労しているらしい。
好きな食べ物は「食べる量を調節できる」という理由から寿司焼き肉(一人前の料理を出されると「肉に襲われる」と怯えたという)など。
一方でプリンケーキなど甘いものが好きらしい。

プーさん

くまのプーさんティッシュボックスケースを愛用していることで有名だが、「プーさんの顔を見るとホッとするから」とのことである。⇒ゆづプー
プーさんが好きな理由は「顔が安定してるから」とのこと。
なお愛用のプーさんはソチ入りもしていたのだが、五輪商標や版権の問題にうるさいため、会場には持ち込めなかった。

いつも一緒
おめでとう!



ウルトラマンガイア

スケートの練習の辛さに負けそうになった5歳当時に、ウルトラマンガイアの曲と衣装を用意してもらい滑ったことによって、スケートを続けようと決意したという。始めてのプログラムもガイアのOPであった。

何度でも何度でも



東日本大震災

仙台市のアイスリンク仙台で、競技の練習中に被災。スケート靴を履いたまま避難した。
畳1畳に毛布1枚の避難所生活では天井を見つめながら、スケートをやめることを考えたという。
しかし多くの応援に励まされ、チャリティーショーや全国各地のアイスショーなどを転々としながら、2011-12シーズン前は練習場所を確保した。
この経験が「支えてくれる人がいて、スケートができるのなら、上を目指していくしか僕にできることはない」と志すきっかけになった。

他の選手との関係

スペインハビエル・フェルナンデスとは、同じブライアン・オーサー門下のライバルであり親友でもある。関係性については「ハビエル・フェルナンデス」、「クリケット組」の項が詳しい。

尊敬する選手はエフゲニー・プルシェンコ、羽生の衣装デザインも手掛けているジョニー・ウィアー、トリノオリンピック金メダリスト荒川静香
荒川とは同じ宮城県のスケートリンクで育ち、高校(東北高)・大学早稲田大学)の先輩にあたる。現在でもよく連絡を取り合っており、羽生自身も「姉のような存在」と語り、慕っている。
特にプルシェンコは、ジュニア時代は彼のマッシュルームカットをまねていたほど深い思い入れがある。自身の演技にビールマンスピンを取り入れているのも、この技を得意としたプルシェンコに対するリスペクトであるとのこと。
一方のプルシェンコも、羽生を「天才」と称するなど高く評価しており、オリンピックで優勝が決まった際にはTwitterで「私のアイドル、よくやった。」と祝福の言葉を述べ、引退表明時のインタビューでも「私は彼のヒーローだったかもしれないが、今は彼が私のヒーローだ」と語っている。

プログラムなど

パリの散歩道

ソチオリンピックで世界歴代最高得点を叩き出したショートプログラムである。
⇒「パリの散歩道」を参照

ロミオとジュリエット

被災からちょうど1年後の2012年3月、ニースの世界選手権で3位に入賞。
日本男子最年少(17歳)の世界選手権メダリストとなった。
それから2年後には、史上2人目となる三冠を達成した。
⇒「ロミオとジュリエット(羽生結弦)」を参照

オペラ座の怪人

2014-2015シーズンのフリープログラム。
⇒「オペラ座の怪人(羽生結弦)」を参照
特に、初戦となった中国杯における満身創痍の演技は大きな反響を呼んだ。
⇒「流血のファントム」を参照

関連イラスト

透き通る


The prince of ice
羽生くん



関連タグ

フィギュアスケート ゆづ 羽生ゆづき 氷上のプリンス

コンビタグなど

フィギュア三勇士 ゆづまお クリケット組 ゆづプー

プログラム

悲愴 ノートルダム・ド・パリ パリの散歩道
ロミオとジュリエット(羽生結弦) バラード第1番
流血のファントム オペラ座の怪人(羽生結弦)
花になれ ホワイト・レジェンド 花は咲く

CM

ガーナ キシリトール

イベント

羽生結弦生誕祭2014

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