テネシー級とは
テネシー級はアメリカ海軍の戦艦である。同型艦は2隻。
本級はニューメキシコ級に次いで整備された艦級であり、籠マスト構造の強化や艦橋の拡大などの外見上の変化に加え、ターボエレクトリック推進方式の本格的採用や対水雷防御の改良、主砲仰角の拡大などの様々な改正がなされたため、攻防性能は従来艦のそれを大きく上回ることとなった。
しかしながら、就役後しばらくの間、主砲の散布界不良が問題となっており、砲戦能力に難がある艦でもあったようだ。
主砲
本級は主砲として14インチ50口径砲を装備する。
主砲の搭載形式は三連装砲塔を前後2基ずつの計4基、門数12である。
本砲は初速823mpsと同45口径砲の初速より高速であり、近中距離での威力に優れる反面、散布界が広がる欠点を有していた。
本級では主砲仰角が拡大されてより長距離の砲撃が可能となったため、散布界不良はより深刻な問題となり、
結果として弾重量を増し、装薬量を調節して初速を制御することで対処することとなった。
弾重量は635kg(新型砲に換装後は680kg)、最大射程は33.6kmである。
副武装
本級の就役時、副武装として5インチ51口径砲と3インチ50口径砲、水中魚雷発射管を装備した。
本級では波浪が吹き込み不良であった舷側砲郭は廃止となり、副砲はすべて甲板上に設置された。
就役後まもなく海軍休日時代を迎えたが、新鋭であったことから改装は比較的小規模にとどまり、
3インチ砲と露天の副砲を5インチ25口径砲に換装し、魚雷発射管を撤去。機銃の装備は不明である。
太平洋戦争開戦後、真珠湾攻撃によって被害を受けると損傷復旧に併せて兵装の大規模な更新が行われた。
ただし損害が軽微だったテネシーは損傷修復後に小規模改装を行っただけで戦列に復帰したが、カリフォルニアの復旧にあわせて本格的な改装が実施された。
副砲と高角砲を廃統合し、水平高角両用砲として5インチ38口径砲を装備し、
対空機銃として40㎜機銃や20㎜機銃を設置した。
就役時
- 5インチ51口径砲x14(単装ケースメイトx10、単装露天砲架x4)
- 3インチ50口径砲x4(単装露天砲架x4)
- 21インチ魚雷発射管x2(単装水中発射管x2)
海軍休日時代(太平洋戦争前)
- 5インチ51口径砲x10(単装ケースメイトx10)
- 5インチ25口径砲x8(単装露天砲架x8)
テネシー小規模改装後
- 5インチ51口径砲x10(単装ケースメイトx10)
- 5インチ25口径砲x8(防盾付き単装砲架x8)
- 28㎜機銃(四連装銃架x4)
- 20㎜機銃(単装銃架、基数不明)
大改装後
- 5インチ38口径砲x16(防盾付き連装砲架x8)
- 40㎜機銃x48(四連装銃架x12)
- 20㎜機銃x43(単装銃架x43)
観測装備(据え付けの)
本級は艦橋上と主砲塔の各個に測距儀を装備し、前後マスト上には見張り所を設置した。
見張り所は就役時より密閉化されており、射撃方位盤もまた就役時より装備していた。
海軍休日時代には艦橋が更に拡大されて射撃方位盤を追加したほか、
1940年にはカリフォルニアへ索敵レーダー・CXAMが搭載され、これは米海軍でも初めての艦船へのレーダー搭載であった。
真珠湾攻撃後、テネシーは早期復旧のために改装を小規模なものにとどめ、対水上射撃管制用のMk.3レーダーとCXAM系列の索敵レーダーの搭載のみが行われたが、
1942年夏以降にはテネシーも再び改装となり、本級2隻はBB-55以降の新型戦艦に準じた能力を得ることとなった。
籠マストは塔型の構造物にかわり、射撃方位盤をMk.34に更新。
索敵レーダー・SK1と新型の対水上射撃管制レーダー・Mk.8を装備し、対空射撃管制用にMk.37射撃管制装置を搭載した。
航空機運用設備
航空機の運用は就役後まもなく開始され、艦尾と三番主砲塔上にカタパルトを1基ずつ装備した。
艦載艇揚収クレーンは前寄りに設置されていたため、航空機揚収クレーンは艦尾の1基に加えて後部マストの両脇に1基ずつが設置された。
大改装後、航空機運用スペースは艦尾に統一されて艦尾以外のクレーンは撤去された。
またカリフォルニアには戦列復帰が遅れたためか、
旧式戦艦には珍しい新型の水上偵察機(カーチス SC-1 シーホーク)が配備された。
防御
本級の装甲防御は前級とほぼ同等のものであるが、対水雷防御として多層式液層防御を採用した。
これは隔壁によっていくつかの層に区切ることで浸水を防ぎ、その層に液体を満たすことで被雷の衝撃を吸収して損害を局限するというものである。
この防御方式が採用されたことで本級の対水雷防御は従来より充実したものとなったが、大落角砲弾対策は依然として不十分なままであり、
真珠湾攻撃後の改装にて水平防御の拡充が図られたほか、航空魚雷や潜水艦の雷撃の脅威が認識されたため、バルジを装着するなどして対水雷防御を一層強めることとなった。
就役時の各部の装甲厚は甲板89㎜、水線343㎜、バーベット330mm、砲塔前盾457mm、砲塔側面254mm、砲塔天蓋127mm、砲塔後面229mm、司令塔292㎜である。
機関
本級は推進方式としてターボエレクトリック方式(重油専燃ボイラーを使用)を採用した。
ターボエレクトリック方式は前級ニューメキシコにて試験的に導入されたものだが、低速時の燃費に優れ、機関配置の自由度が増すなどのメリットがあり、
特に太平洋を隔てた地域への作戦行動を考慮する上では低速巡航時での燃費の良さは非常に魅力的であった。
しかしながら動力の伝達効率が悪く、最大速力向上が困難などのデメリットも多々あり、
あくまで試験的に導入されただけのニューメキシコでは機関換装を行って通常の推進方式に変更することが出来たが、機関区が発電用途のみにシフトしていた本級では推進方式の変更は不可能だった。
本級の機関出力は28900shpで、電動モーター4基4軸推進、最大速力は21knである。
艦歴
本級は1916年度海軍計画にて予算を認められ、1920年6月3日にテネシー、1921年8月10日にカリフォルニアが竣工した。
本級は戦闘艦隊に所属し、特にカリフォルニアは就役直後から20年近く戦闘艦隊の旗艦を務めた。
就役後は外国への親善訪問などを行っていたが、まもなく海軍休日時代となり、新鋭艦であったこともあって改装は比較的小規模にとどまったが、
航空機運用設備の設置や高角砲の置換、観測装備の更新や艦橋構造物の拡充などを実施した。
太平洋戦争が始まると真珠湾にて日本軍の奇襲攻撃を受け、テネシーは損傷、カリフォルニアは大破着底した。
損傷が軽微だったテネシーは1942年の初めには戦列復帰したが、同年の夏には再び改装を受けることとなり、1年弱の大改装を経て戦列復帰。
カリフォルニアもまた同様の改装を実施されて1944年の初めに戦列復帰した。
本級は第二次大戦を通じて太平洋方面にて作戦活動を行い、マリアナ諸島からフィリピン、沖縄へと日本占領下の島々を転戦。
レイテ沖海戦ではスリガオ海峡夜戦に姉妹ともども参加した。
1945年8月、フィリピンにて終戦を迎えると占領軍の支援任務に従事し、同年末には米本土に帰還した。
戦後、本級は現役引退が決まったものの予備役として保管されることとなり、1947年2月14日にテネシー、カリフォルニア両艦が退役した。
本級は1959年まで保管されたが、老朽化にともなって廃棄処分となり、船体はスクラップとして売却された。
テネシーは1959年3月1日、カリフォルニアは1959年7月10日にアメリカ海軍から除籍された。
同型艦
- USS Tennessee BB-43
- USS California BB-44
前述の記事より注釈は省略とする