「爆笑レッドシアター」のコント、あるいはそのコントにおける主人公の芸名。
また、それらが描かれたイラストにつくタグ。
根岸を演じるのはロッチ・コカドケンタロウ、その息子を相方の中岡創一が演じる。
ユニットコントではジャルジャル・後藤淳平も番組プロデューサー役として参加する。
また、レッドシアター内で根岸が素手でさまざまなことに挑戦するコーナーもある。
※以下の記述は番組「爆笑レッドシアター」内及びロッチのコントにおける架空のものです。また、一部ロッチのDVDなどのネタばれを含む可能性があります
概要
おそらく日本初にして最高の「リアクション芸人 」
全盛期は1990年代初頭とされ「お笑い第三世代」の芸人であると推定される。
略称は「こんねぎ」。
主な出演番組に「こんにちは根岸の素手で何でもやってみよう」などがある。
小学4年生の息子「創一」とその姉を持つ二児の父でもある。
芸風など
服装
服装はどんな時でも上下デニムである。上着のそではまくっていることが多く、そこには仕事で負傷した際の包帯が巻かれている。
芸風・経歴
主にリアクション芸である。
活動開始時期は古く、日本にリアクション芸を確立させた第一人者である「ダチョウ倶楽部」の先輩に当たる。
ダチョウ倶楽部の定番である、熱々おでん芸、ゴムパッチン、熱湯風呂はこんにちは根岸のオマージュである。根岸は「お笑いウルトラクイズ」などでダチョウ倶楽部とたびたび共演し、リアクション芸の指導を行っていたという。ダチョウ倶楽部が広めたと言われる芸人のフリ「いいか!絶対押すなよ!」も、根岸の「押すな押すな~!」が、その原点である。
それ以外に現在のリアクション芸では廃れてしまったものに無茶振りに対し「ちょっと待ってくださいよ~」とツッコミをいれるノリもある。
「こんにちは根岸の素手で何でもやってみよう」では動物と触れ合うリアクション芸を数多く披露している。ハブとマングースの仲裁に入る、蛇の舌の長さを指で測る、腕に着けたねこじゃらしを使ってライオンを手なずける、素手でワニのウエストを測る、などがある。その際に根岸素手七道具を駆使する。
それ以外には「どっちの爆破ショー」など、よく共に仕事をしていた後藤プロデューサーの好みからか、爆破企画への出演が多い。
また、登場時に行う、両手をいわゆる「OKサイン」のような形にし、右手を顔の横にあげ左手を下し独特なアクセントで「こにちは~」というギャグも有名である。
全盛期は町で出会った人々(たとえば家電量販店など)に声をかけられては「こにちは~」と振られる程度の人気を誇った。しかし可愛い女子高生など根岸が気に入ったファンにしか返さなかったといううわさもある。このギャグは「子供のおかげで思いついた」、とのちに語っている。
リアクション芸に目覚める前は「ネギシスト」として、主にシュールな一人コントを主体としていた。代表作に「頭からブロッコリーが生えている男」がある。
このころは黒を基調とした服装をしていた。
「抱かれたくない芸能人」ランキングで1位をとったことがある。ゆえに妻は離婚を検討中であるという。
出演番組
・突撃!隣の熱湯風呂
・世界一受けたい爆破
・突撃!隣の爆破ご飯
・いい旅爆破気分
・根岸親子のアツアツおでん旅行
・根岸親子の熱湯2時間スペシャル
・どっちの爆破ショー
・根岸VSアタックneo
レッドシアター内の出演VTRについて
彼が出演していた番組の映像は、何らかの事情によりほとんど残っていないようである。
しかし、最近になって、根岸と親しい関係にあったというロッチのコカドケンタロウの協力によって、冠番組の「こんにちは根岸の素手で何でもやってみよう」の映像が発掘され、コカドのレギュラー番組である「爆笑レッドシアター」でその一部分が放送されるようになった。
このためか、本来こんにちは根岸を知らないはずの世代にまで、「こにちは~」や「ちょっと待ってくださいよ~」が深く浸透することになった。
なお、コカドと根岸は顔が似ているため町で間違われやすく、コカドに「こにちは~」をふる若者が後を絶たないらしい。あまりに間違われることが多くてうんざりしたコカドは「根岸を殺さな…」とつぶやいたという。
根岸を取り巻く人間関係
家族
既婚者であり二児の父であるらしいが、彼の私生活には謎が多い。
しかし現時点で、主にロッチ・コカドケンタロウの証言や数少ないインタビューから明らかになっている事実をこの項目ではまとめる。
・大学生時代に、資産家根岸谷家の令嬢、根岸谷夏子と交際ののち結婚
・その妻との間に長男創一をもうける
・のちに、創一よりも年上の養女を引き取る
・創一が小学4年生の頃、リアクション芸人としてブレイク
・その二年後には、すっかり大物風になっていた
・仕事には創一を同伴していることが多い
・妻は結婚後も「根岸ちゃん」と呼んでくる
・創一は夏子にそっくりであり根岸には一切似ていない
創一が小学4年生の頃、妻は離婚を検討中であったようであるが、その二年後も結婚生活は継続していた。
また、養子である長女と創一の中をよくするために、創一には「こにちは~」の考案者は姉であると説明していたらしい。
根岸谷創一はその後、父親の仕事のパートナー出会った後藤プロデューサーの後を継ぎ、番組制作を志すようになる。後の根岸谷プロデューサーである。
仕事関係
彼がリアクション芸で一世を風靡するに至った背景には、後藤プロデューサー(通称後藤P)の役割が大きいとされる。
彼と後藤Pの関係は大学時代にさかのぼる。彼がリアクション芸人に開眼するきっかけを与えたのは、後藤である。その後、後藤は根岸の出演作のほとんどすべてにスタッフとしてかかわり、影で根岸を支え続けた。後藤は一見根岸を冷淡に扱っているように見えるが、根岸が馬鹿にされたら激怒する。