獣の槍
けもののやり
人の魂を食いながら
邪を裂き鬼を突くという霊槍
妖たちは槍の鳴き声に脅え
その槍が触れた風にさえ
己の最後を感ずるという…
誕生
今から二千三百年前の春秋・戦国期の中国大陸、刀剣の匠の家に生まれた兄妹は絶望の底にいた。白面の者に精魂込めて作った神剣を折られ、国を滅ぼされ、両親も殺されてしまったのだ。しばらくすると、兄は傍らにいた少年に修行先で聞いた逸話を口にする。それは、乙女の身が捧げられて造られた“鐘”が万里に澄んだ音を響かせたというもの。直後、二人の気付かぬ陰から聞いていた妹が、炉に身を捧げた。「よい剣をつくってくださいましね。」と最期の言葉を残して。
絶望と悲しみの中、その鉄塊から兄は“鬼”となって剣を鍛え始めた。しばらくすると兄自身の肉体も剣の柄として変化(へんげ)し、神剣となるはずだった剣に、兄が持つ白面への底知れぬ怨念と憎悪が取り憑き、一本の“槍”が出来上がった。
そうして出来た“獣の槍”は意思を持ち、どんなに妖(バケモノ)を切り刻んでも刃こぼれせず、錆びもしない“妖器物”となる。誕生後は獣の槍単体で白面の者を求めて、見境無く大陸の妖怪を殺し回っていたが、妖怪達が団結・変化した赤い織布によって、深山に長く封印される。時を経て、一人の人間によって再び解き放たれた後は、様々な人間たちの手を経て現在に至る。
特性
獣の槍は意思を持ち使用者を選ぶ。槍に選ばれた者が手にして戦うと槍は使用者に囁きかけ、魂と引き換えに強大な戦闘力を与える。
頭から空中の妖気を吸収して髪の毛が伸びた外見となり使用者は妖怪と同質の存在となる。
この状態になると人間を遥かに超えた身体能力や生命力、再生力を発揮する。
具体的には岩盤から崩れ落ちてきた何メートルはあろうかという巨石を支えるだけの筋力。
人間の目では捉えることができない程の高速で動く妖怪を捉え打ち合えるだけの身体速度。
溶鉱炉に落ちて身体の半分以上が炭化したとしても、また無数の妖怪の身体を砕きビル群をまとめてなぎ払う威力を持つ白面の尾の一撃を食らっても戦闘継続可能な耐久力と生命力。
体中を串刺しにされても瞬時に回復する再生力が得られる。
また獣の槍を使い続けた結果槍が発動していない生身の状態でも同年代の人間の約8倍の身体能力が得られる。
しかし槍を使用し続けると魂が削られていき、次第に外見が異形へと近づいていく。そして魂を完全に削られた者はどうなってしまうのか、それは物語後半で明らかになる。
ちなみに獣の槍が使用者を選ぶ基準は「妖怪と戦える資質」で白面と戦えるだけの資質があるものならば善人だろうと悪人だろうと槍は使い手として認めるという。
獣の槍は一撃でも妖怪には致命傷となる程の威力を誇る。
『うしおととら』に出てくる妖怪たちは普通の人間とは比較にならない程強力な力を持っている。生命力も同様で人間にとっての致命傷も妖怪には深刻なダメージにはならない。
それどころかその程度の傷なら少し時間があれがすぐに回復してしまうのである。
とら曰く妖怪はもっと「ボロボロのグチャグチャ」にしないと滅ぼせない。しかし獣の槍はそれをたった一撃で達成してしまうからこそ妖怪にとって脅威な武器なのだという。
実際物語中強力な力を持つ白面の者とその眷属以外は獣の槍に貫かれて一撃で滅びなかった妖怪はいない。
獣の槍は人間を貫いても一切傷を負わせない特性を持っている。このため人に取り憑いた妖怪を人間ごと貫き妖怪だけを退治するといった使い方もできる。
人間相手の戦いではそれがネックとなり、刃でダメージを与えられないので柄や石突きで殴るしか戦う術がない。
他にも妖怪が作り出す結界や亜空間を切り裂く能力もあり、人間を自分の世界へ引きずり込んだり、閉じ込めるタイプの妖怪でも優位に戦える。
槍は妖怪の悪意に反応し所有者の頭の中に共振したような音を発してそれを知らせる。ただし妖怪でも悪意がなければ槍は反応しないため妖怪を無差別に殺すことはない。
また所有者が呼べば槍は所有者に向かって飛び、所有者が危険に陥ると槍自らが動いて所有者を守る。
それ以外にも妖怪に石にされた人間を斬って石化を解除したり、雷を反射したり、天井など物を透過して標的だけを貫くなど他にも色々特性があるようだ。
刃の根元に巻かれているボロボロの赤布はかつて妖怪たちによって封印されたときの封印の一部である。
一日千里飛び、一瞬で百の妖怪を粉砕する獣の槍を恐れた妖怪たちは異例の団結をした。
妖怪でも特に力のあるものたちが一本一本の糸になりそれを織って作られたのがこの封印の赤布で、槍に巻かれた一部でも完全でなくとも槍を封印する力が残っている。
この赤布を取り除けば獣の槍の威力は増すが、削られる魂の量も増えてしまう。
物語中二度この封印を破るシーンがある。一回目は物語の中盤、悪神・オヤウカムイに敗北した後、赤布の一部を取り除いて力を増してから再戦して相手を真っ二つして滅ぼした。
二回目は白面の者との最終決戦にて一度槍を粉砕され、とらの身体を通じて再生したのち覚悟を決めて赤布を全て取り除き槍の力を完全に解放した。
ちなみにとらの身体を通じて再生した獣の槍は作者がいうには「新生獣の槍」だという。白面に粉砕され破片が全国に飛び散り日本中の人々のうしおととらの記憶を取り戻していく際に色々な想いを取り込むことで白面への憎しみから開放されたのだ。槍の傷が無くなっているのはこのためとのこと。
余談
何故にこの槍が「獣の槍」と呼ばれるのかは定かではないが、その誕生と因縁に少なくとも二体の獣達が関与しており、使用者は獣の如く激しく戦い、最終的には文字通り獣と獣を産み出すという関連性はある。