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あまつかぜの編集履歴

2015-11-08 10:35:33 バージョン

あまつかぜ

あまつかぜ

初代(磯風型)と二代目(陽炎型駆逐艦)の先代2隻の駆逐艦と同じ由来を持つ日本初のDDG(ミサイル護衛艦)。現在主流のスタンダードミサイルの前身となる艦対空ミサイル「ターター」を運用するため1隻建造された。

1957年(昭和32年)11月、来日中のアメリカ海軍作戦部長アーレイ・バーク大将と海上幕僚長 長澤浩海将との会談の席上、 当時まだ米海軍でも配備前であった新鋭艦対空ミサイルであるターターの供与に関する打診がなされた


当初は、あきづき型護衛艦(初代)をベースとした基準排水量2,600トン級で基本設計が行われていたが派米調査により、この規模では納まらないことが判明、数次にわたる改設計作業を経て、1962年(昭和37年)夏、基準排水量3,050トン、機関出力6万馬力の基本計画がまとめられた。

このため工期は遅れ起工は当初予定の1961年(昭和36年)10月に対して1962年(昭和37年)11月、就役は1963年(昭和38年)8月に対して1965年(昭和40年)2月15日となった。


先行して建造されたいすず型で新採用された船体手法や3万馬力の蒸気タービンを搭載し、現在でも破られていない国産護衛艦最速の33ノットを引き出したが、ターターシステムの電力事情に悩まれ(停泊用ディーゼル発電機で艦の電力が賄いきれず、装備認定試験で本来は停泊中止めるべき主機を航泊問わず常時稼働せざるを得なくなった)、その後の護衛艦における電力供給の重要性を認識させる艦となった。


1995年に除籍し、若狭湾沖の対艦ミサイル標的艦として海没処分。左舷プロペラが横須賀教育隊、右舷プロペラが横須賀基地、主錨が舞鶴基地に残されている。


関連タグ

海上自衛隊 天津風


後継艦

たちかぜ型護衛艦⇒はたかぜ型護衛艦こんごう型護衛艦あたご型護衛艦

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