概要
マレー半島東方沖で日本海軍基地航空隊とイギリス海軍東洋艦隊の間で行われた戦闘。
イギリスはシンガポールを防衛するため、戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」と巡洋戦艦「レパルス」を基幹とする東洋艦隊を配備した。
1941年12月10日、日本海軍は基地航空隊の一式陸上攻撃機、九六式陸上攻撃機でシンガポールを出撃してきた東洋艦隊を攻撃。プリンス・オブ・ウェールズとレパルスを撃沈し、当時の「作戦行動中の戦艦を航空機で沈めることはできない」という常識を覆した。
敗北の理由等
- 攻撃装備の不良(英国面)。
- 装甲がその当時の正規の戦艦としては意外に弱い(装甲は厚いが有効性が低い)。
- 本来護衛用の空母が派遣されるはずであったが、座礁により中止された。
- 日本がマレー沖での英国海軍の情報を把握し、大量の航空戦力や潜水艦を配備して待ち構えていた。
- ドイツの戦力を基にして考えていたため制空権争いの可能性をまるで考えておらず、日本の攻撃機の航続距離や魚雷による雷撃を想定していなかった。更に日本は支那事変で実戦経験を積んだ九六艦戦、零戦、陸上攻撃機のベテラン操縦員が揃っていた。
- 当時は「作戦中の戦艦を航空戦力が撃破するのは不可能」が定説であった(日本自身もそう考えていた)。更に英軍は日本の航空戦力を「ロールスロイスとダットサンの戦争だ」と舐めきっており、過去数年以内に日本の航空戦力が劇的な進歩を遂げたことを甘く見ていた。加えて主な仮想敵は旧式である戦艦金剛であり、砲撃戦に持ち込めば楽勝と踏んでいた。
- 元山航空隊の雷撃での左舷外側推進軸付近に命中した魚雷の爆発により推進軸廊下の隔壁が破壊されたばかりか、爆発で湾曲した推進軸が回転を続けた事で水防隔壁扉が開かれ、大量の浸水を生じた為に左舷推進軸二つが使用不能となったばかりか発電機八基のうち五基に浸水し、後部への電力供給が止まり後部のポンプ、艦内電話、高角砲、舵が停止。照明の多くが使用不能となり、通風も止まった為に機関室では熱中症で倒れる者が続出、応急隊員の行動も低下し、更に浸水による傾斜の為に電力の断たれていない高角砲も回転出来なくなった。この不運な一本の魚雷の命中さえなければ、海戦の様相も様変りした可能性もある。
影響
当時最強と思われた英国が東洋の猿と揶揄した相手である日本相手に完敗させられたという事実は、日本国内のみならず世界中の植民地、保護国に絶大な影響を与え、「英国は無敵ではない」という認識を持たせるに至った。更にシンガポールが陥落したことによって完全に英国は太平洋から締め出されることとなり、アジア各国は英国の影響を失って独立への機運を高めたのである。