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概要

ギリシャ神話におけるアテネの伝説的な王。足が不自由だったとも、先代王と同じく、下半身が蛇だったともいう。

輝かしい功績に反して、生まれがとてもアレな事で知られている。

というのも…

ある時、知恵と戦争の女神であるアテナは鍛治の神へファイストスに武器を鍛えてもらおうと工房に立ち寄りました。へファイストスはそのあまりに個性的な顔立ちから妻には浮気されるわで女に飢えていた物ですから、美しいアテナの姿に欲情し、ぶっかけしまったのです。

 処女神であるアテナは激おこぷんぷん丸になり、『汚らわしいッ!』とばかりに謎の白い液体を拭き取って大地に捨ててしまいました。するとなんという事でしょう。アテナが捨てた羊毛は二人の神通力が篭っていたばかりに大地が孕んでしまったではありませんか。

 アテナは生まれた子供を哀れに思い、彼を不死にする為に大蛇と一緒に箱の中に入れてケクロプス王の下に預け、侍女たちには『良いか? 絶対に開けるなよ? 絶 対 に 開 け る な よ ? 』と警告をしておきました。

しかし、パンドラの件から神々は全く学んでいないのか、ダメと言われたら見てしまうのが人間の性です。侍女たちは箱を開けてしまうと、ある者は大蛇に食われ、ある者はエリクトニオスの姿を見て発狂し、崖から転落死してしまいました。

 この時に侍女が彼を雑に扱ったものですから、足が不自由の身となってしまいましたが、すくすくと育った彼は、アムピクテュオーンを追放してアテネの王となりましたとさ。

しかし、足が不自由な彼は、戦場では思うようには動けません。アテナによって馬術の英才教育を受けていた彼はアポロン神の馬車からヒントを得て、チャリオットを発明し、次々と戦果を上げていきました。

こうして初めて軛を使用したり、スキタイからをアテネに持ち帰ったりと数々の功績を残した彼は天に上げられてぎょしゃ座になりました。

余談

  • 上記のような酷い生まれ方ではあるものの、親は名匠、生みの母親は地母神、育ての親は都市の守護神というサラブレッドだったりする。しかし、これでもまだまだ生ぬるい方であり、他には雲をダッチワイフにしたり、作り物の牛で年中合体してみたり、去勢されたエクスカリバーから女神が生まれたりとハイレベルな物が揃っている。こうしてまれた子供達は大抵ロクな末路を辿っていないので、なんだかんだで幸せな人生を過ごせたエリクトニオス王はラッキーな人である。
  • また、彼は神殿が作られたり、上記の逸話から黄金の蛇が描かれた護符を赤ん坊に身につけさせるなど高い信仰を得るようになったようだ。

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