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村八分(バンド)の編集履歴

2020-03-14 19:51:20 バージョン

村八分(バンド)

むらはちぶ

かつて存在したロックバンド。

概要

かつて存在したロックバンド

日本におけるロックバンドのはしりと言われている。


1969年に京都府で結成。

散発的に各地でライブを敢行した後、僅か4年後の1973年に解散。

後に再結成をしたこともあったが、やはり短期間で解散している。


活動期間が短いわりにメンバーの入れ替わりが激しく、特にドラムベースは時期によって演奏者が異なる。


日本にロックを根付かせた伝説的な存在として、未だに熱狂的なファンが存在する。

ただし、主要メンバーは現時点で全員死去しており、活動再開は不可能となっている。


メンバー

解散直前のラインナップ。

  • 柴田和志(ボーカル:通称チャー坊。結成前はアメリカを放浪しており、帰国後に山口が意気投合したのがバンド結成のきっかけである。1994年に43歳の若さで急死。
  • 山口冨士夫(ギターイギリス人とのハーフで、かつてはグループサウンズバンド「ザ・ダイナマイツ」でメジャーデビューした経験がある。2013年、街頭での喧嘩の仲裁に入ったところを殴られて脳挫傷で死亡。64歳没。
  • 加藤義明(ベース→ギター)
  • エーイチ(ベース)
  • 榊原敬吉(ドラム)

余談

  • 京都大学慶應義塾大学などの有名大学でライブを行ったことがある。これは当時日本に大型のライブハウスが無かったためで、さほど珍しい事ではなかった。
  • 曲名は「あッ!!」「のうみそ半分」「鼻からちょうちん」などと、珍妙なものばかりであった。
  • 上記の「あッ!!」には、かたわ」「めくら」「びっこなど、現在では差別用語とされる単語がちりばめられている。NHKでは村八分の楽曲は放送禁止になっているらしい。
  • バンドとしては非常に不安定で、いきなり歌詞を変えたり歌わなかったり、客と喧嘩することすらあった。しかし、そのようなパンクぶりに魅了されたファンも多く、後まで語り継がれる一因となった。
  • 唯一のアルバム『ライブ』は、現在でも購入可能。

関連項目

ロックバンド パンク

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