概要
火の鳥・太陽編とは、手塚治虫のライフワークであった火の鳥の事実上の最終巻。
『事実上の』と言うのは、火の鳥と言う作品自体が未完に終わった上、手塚自身、作品の刊行順を何度か変更していることから、初期構想と実際に発表した物語の構想とにややずれがあったようである為、実際に本作を最終巻と言い切るのにはやや問題がある為である。
手塚自身この後、本当の意味での最終章である現代編を除いて、更に大地編と再生編と言う作品の構想があったと言われており、手塚自身はこの太陽編をどのような立ち位置においていたかは不明である。
しかし、物語の構成や最終的な刊行順が本作で終わることが多いため、最終巻と言ってもおおむね差し支えないという編集者の判断で最終巻とする。
あらすじ
舞台となるのは、7世紀の日本。
当時、倭国と呼ばれていた日本は、朝鮮半島に味方し唐と戦った白村江の戦いに敗北した。
百済の王族であたたハリマは、生きながら顔の皮をはがれ、その上から狼の首から上の皮を被せられたことで、そのまま狼の皮と人間の顔とがくっついてしまい、狼男のような見た目となってしまう。
ハリマは百済にいたままでは唐の軍に殺されてしまうという占いをもとに倭国へと落ち延び、その途中で倭国軍の大将が瀕死の状態であるのを助け、ともに倭国へと渡る。
倭国へと渡ったハリマは、そこで産土神の一族である狗族の長の娘マリモが瀕死の重傷を負っていると知り、彼女を助ける為の薬を使い、狗族と友誼を深めることになる。
そして、倭国の将軍の尽力により地方の領主となることになったハリマは、徐々に仏教の神々と産土神との戦いに巻き込まれていくのだった。
一方、時代は移り21世紀
『光』と名乗る教団を信じない一派『シャドー』の工作員として活動していた少年スグルは、そんなハリマの夢を見るようになっていた。
こうして、7世紀のハリマと21世紀のスグルの人生は、夢と言う形で何度も交差していく。
特徴
この太陽編は火の鳥と言う作品における集大成的な側面が多分に含まれている。
火の鳥と言う作品そのものの初期構想として、手塚治虫は未来と過去を交互に描き、最終的に現代の手塚治虫、より正確には手塚自身の死を描くというコンセプトで作品が作られていた。
ハリマとスグルと言う、同一でありながら別の存在である主人公が、何度も未来と過去の戦いを行き来する様は、まさに、遠い過去と遥か未来を描くというコンセプトを端的に表した作品である
この他にも、複数の時間軸と異なる種族の恋愛譚を描くというコンセプトを持った作品としてロビタ誕生と未来編までの歴史の一部を描いた復活編があり、二人の主人公の視点を描く作品では鳳凰編がある。
更に、作品内では異形編と時間軸が交差し、時系列的には鳳凰編の前の時代を描いている。
また、火の鳥で絶えず描かれているメインテーマの一つである『宗教と権力』・『権力への反抗』というテーマを基に作品が描かれている。
そして、7世紀の日本では日本に在来している産土神と外からやって来た仏教の神が戦うというファンタジー的な要素で大きな話が構成されているのに対して、21世紀ではディストピア的世界観を基にしたSF的な要素で話が構成されている。
『ファンタジーをメインにした過去世界とSFをメインにした未来世界、それらをつなぐ壮大な時間軸』・『宗教と結びついた権力』・『権力と戦う人々』・『異なる種族との恋愛』・『各編と交差する時間軸』そして、『輪廻転生』といういくつもの要素はまさに火の鳥と言う作品の集大成と言ってもよく、特にラストシーンの絵は様々な意味で象徴的である。
編集者一個人の感想として述べるならば、太陽編は一作品としてだけでなく、火の鳥全体の物語としてもかなり高い精度で物語がまとまっており、これが完結編でないということが正直信じられない。
登場人物
七世紀の人々
ハリマ(クチイヌ、犬上宿禰)
元は百済の王族だったが、百済が戦争に敗れたことで顔の皮を剥がれ、犬の頭を被せられた。
犬上宿禰、クチイヌなど、様々な名前で呼ばれている。
本作では主にクチイヌと呼ばれているが、本記事ではハリマで統一する。
マリモ
狗族(くぞく。オオカミの神というか精霊のような存在)の長の娘。怪我の治療をハリマに施されたことで恋仲になる。しかし、ハリマが人間の顔を取り戻し狗族の記憶を失ったことで結ばれず。父から「いずれ人間に生まれ変わる」と予言を受け、1000年以上の時を経て小沼ヨドミという女性に転生。詳しくは後述。
おばば
ハリマを助け、ハリマに「クチイヌ」の呼び名を与えた老婆。薬剤の調合に長けています。当初は好奇心からハリマを助けますが、次第に彼に対し母親のような感情を抱くのでした。
大友皇子
仏教を信仰し、兄である大海人皇子と対立する。後に壬申の乱を起こして兄と対決するが、敗れる。
大海人皇子
後の天武天皇。外来の仏教に対して強い反発心を抱いてことから、産土神と友誼を結ぶハリマに頼られていたものの、天皇に即位して以降は父同様に仏教政策を推し進めることになる。
十市媛
大友皇子の妻にして、大海人皇子の娘。言動が幼く「馬鹿姫」に見られがちだが、実際には聡明な人物で、この結婚が政略結婚で自分が人質であることを認知している。好意を寄せたハリマを匿い逃がすが、夫にすべて露見し殺される。死に際においても、「馬鹿姫」の演技を続けたまま、ハリマを庇い続けた。
21世紀の人々
坂東スグル
ハリマの生まれ変わりであり、シャドーの工作員。
大友
元々は宇宙飛行士として宇宙を調査していたが、宇宙で発見された火の鳥の力を基に新興宗教である『光』を創設し、人々を支配する。
おやじ(猿田)
太陽編における猿田彦。
シャドーのリーダーとして、光及び大友相手にゲリラ戦争を仕掛けており、戦争終盤で光に勝利する。
しかし、結局は大友同様に新たな宗教である『不滅教(エターナリズム)』を創始し、宗教を基に大衆を支配することになる。
スグルの姉
光教団が出来上がり、人類が「光」と「シャドー」に分けられた時光教団の一員と恋仲だったためシャドーに「落ちずに済んだ」人物。弟をシャドー送りにしたことに罪悪感を持っており、弟を何度も助けるが、最終的にはスグルのことが夫にばれて殺される。十市媛の生まれ変わりとされる。
イノリ
スグルと同じシャドーの一員。スグルに好意を寄せており、「戻ったら結婚しよう」などと言動的に幼い面が目立つ。自爆作戦を決行したスグルを見送る。おばばの生まれ変わりとされる。
小沼ヨドミ
光の教団の一員だと思われたが実はシャドーのメンバーであり、シャドーの「更生施設(洗脳施設)」でスグルと再会。当初こそスグルを憎んでいたものの、熱心な看護を受ける中でお互い好意を抱くようになる。
彼女こそマリモの生まれ変わりであり、21世紀での最終決戦の後に前世の記憶を取り戻して、権力とも争いとも無縁の世界へ向かう。