概要
火の鳥・太陽編とは、手塚治虫のライフワークであった火の鳥の第12作であり、事実上の最終巻。
『事実上の』と言うのは、火の鳥と言う作品自体が未完に終わった上、手塚自身、作品の刊行順を何度か変更していることから、初期構想と実際に発表した物語の構想とにややずれがあったようである為、実際に本作を最終巻と言い切るのにはやや問題がある為である。
手塚自身この後、本当の意味での最終章である現代編を除いて、更に大地編と再生編と言う作品の構想があったと言われており、手塚自身はこの太陽編をどのような立ち位置においていたかは不明である。
しかし、物語の構成や最終的な刊行順が本作で終わることが多いため、最終巻と言ってもおおむね差し支えないという編集者の判断で最終巻とする。
あらすじ
舞台となるのは、飛鳥時代7世紀の日本。
当時、倭国と呼ばれていた日本は、朝鮮半島の百済国に味方し唐・新羅連合軍と戦った白村江の戦いに敗北した。
百済の王族であったハリマは、唐軍の捕虜となり、見せしめとして生きながら顔の皮をはがされ、その上から狼の首から上の生皮を被せられたまま戦場跡に放置されたことで、そのまま狼の生皮と人間の顔とがくっついてしまい、狼男のような見た目となってしまう。
傷ついた身でさまようハリマは襲ってきた虎との戦いで重傷を負って倒れたところを占い師でもある女医のおばばに救護され、「百済にいたままでは唐の軍に殺されてしまう」という彼女の占いをもとに倭国へと落ち延び、その途中で倭国軍の大将・阿倍比羅夫が瀕死の状態であるのを助け、ともに倭国へと渡る。
倭国へと渡ったハリマは、そこで産土神の一族である狗族の長の娘マリモが瀕死の重傷を負っていると知り、彼女を助ける為におばばの薬を使い、狗族と友誼を深めることになる。
そして、阿倍比羅夫の尽力により地方の領主となることになったハリマは、徐々に仏教の神々と産土神との戦いに巻き込まれていくのだった。
一方、時代は移り21世紀。
新興宗教『光』教団が日本を支配する中、反・光教団である反乱一派『シャドー』の工作員として活動していた少年スグルは、そんなハリマの夢を見るようになっていた(一方でハリマもスグルの夢を見るようになる)。
こうして、7世紀のハリマと21世紀のスグルの人生は、夢と言う形で何度も交差していく。
特徴
この太陽編は火の鳥と言う作品における集大成的な側面が多分に含まれている。
火の鳥と言う作品そのものの初期構想として、手塚治虫は未来と過去を交互に描き、最終的に現代の手塚治虫、より正確には手塚自身の死を描くというコンセプトで作品が作られていた。
ハリマとスグルと言う、同一でありながら別の存在である主人公が、何度も未来と過去の戦いを行き来する様は、まさに、遠い過去と遥か未来を描くというコンセプトを端的に表した作品である
この他にも、複数の時間軸と異なる種族の恋愛譚を描くというコンセプトを持った作品としてロビタ誕生と未来編までの歴史の一部を描いた復活編があり、二人の主人公の視点を描く作品では鳳凰編がある。
更に、作品内では異形編と時間軸が交差し、時系列的には鳳凰編の前の時代を描いている。
また、火の鳥で絶えず描かれているメインテーマの一つである『宗教と権力』・『権力への反抗』というテーマを基に作品が描かれている。
そして、7世紀の日本では日本に在来している産土神と外からやって来た仏教の神が戦うというファンタジー的な要素で大きな話が構成されているのに対して、21世紀ではディストピア的世界観を基にしたSF的な要素で話が構成されている。
『ファンタジーをメインにした過去世界とSFをメインにした未来世界、それらをつなぐ壮大な時間軸』・『宗教と結びついた権力』・『権力と戦う人々』・『異なる種族との恋愛』・『各編と交差する時間軸』そして、『輪廻転生』といういくつもの要素はまさに火の鳥と言う作品の集大成と言ってもよく、特にラストシーンの絵は様々な意味で象徴的である。
編集者一個人の感想として述べるならば、太陽編は一作品としてだけでなく、火の鳥全体の物語としてもかなり高い精度で物語がまとまっており、これが完結編でないということが正直信じられない程の完成度を誇る。
登場人物
以下CVはテレビアニメ版。アニメでは未来部分は全てカットされた。
七世紀の人々
ハリマ(クチイヌ、犬上宿禰)(CV:松本保典)
元は百済の王族だったが、百済が戦争に敗れたことで顔の皮を剥がれ、犬の頭を被せられた。
犬上宿禰、クチイヌなど、様々な名前で呼ばれている。
本作では主にクチイヌと呼ばれているが、本記事ではハリマで統一する。
マリモ(CV:内川藍維)
狗族(くぞく。オオカミの神というか精霊のような存在。その服装からして蝦夷≒アイヌ民族の信仰する神と思われる)の長の娘。怪我の治療をハリマに施されたことで恋仲になる。しかし、ハリマが人間の顔を取り戻し狗族の記憶を失ったことで結ばれず。父から「いずれ人間に生まれ変わる」と予言を受け、1000年以上の時を経て小沼ヨドミという女性に転生。詳しくは後述。
おばば(CV:巴菁子)
ハリマを助け、ハリマに「クチイヌ」の呼び名を与えた老婆。薬剤の調合に長けている占い師。当初は好奇心からハリマを助けるが、次第に彼に対し母親のような感情を抱く。
帝。実在の人物。猜疑心が強い性格。大化の改新を引き起こした張本人。仏教を国の礎としようと考えており、大海人を嫌悪している。
帝の嫡男。実在の人物。仏教を信仰し、叔父である大海人皇子と対立し壬申の乱が勃発するも、敗れる。アニメ版と原作は容姿や性格が大きく異なる。
帝の弟(同母弟)。後の天武天皇。実在の人物。外来の仏教に対して強い反発心を抱いていたこと、仏教を推し進める兄に疎まれていたことから産土神と友誼を結ぶハリマに頼られていたものの、天皇に即位して以降は太陽神の崇拝による政教同化を推し進めることになる(史実では天武天皇も仏教推進者だったが、手塚漫画の時代劇では普通に電話が出てくるように史実との大きな差異は意図的なもので、本作に限らず頻繁にみられる)。
本作では「日本」という国号と日の丸を作り出した人物とされている。
大友皇子の妻にして、大海人皇子の娘(つまり従兄妹婚)。実在の人物。言動が幼く「馬鹿姫」に見られがちだが、実際には聡明な人物で、この結婚が政略結婚で自分が人質であることを認知している。好意を寄せたハリマを匿い逃がすが、夫にすべて露見し殺される。死に際においても、「馬鹿姫」の演技を続けたまま、ハリマを庇い続けた。
阿部比羅夫
白村江の戦における日本側の総大将。実在の人物。海戦に不慣れなこともあって無惨な形で大敗した上、部下に裏切られて死にかけていた所をハリマに救われる。ハリマにとっては百済滅亡と自身の境遇の原因を作った仇に等しい存在だったが、復讐をしない見返りにオオカミ男となった自分が差別されぬよう根回しや後援するよう取引を行う。
なおアニメ版では演者が猿田になっている(原作演者はフランケンシュタイン)。
ルベツ(CV:菅生隆之)
マリモの父。狗族の長。産土神や妖怪を束ね、仏教との戦いに挑む。
炎隆寺七人衆
ハリマを狙う恐るべき破戒僧集団。七曜に準じた名前を有し、超人的な身体能力でハリマと戦う忍者みたいな連中。ハリマとの激戦で全滅するも日壇だけ作者が存在を忘れていつの間にか出番が消滅していた(正確には最初の戦いの時にはいたのだが、木壇のように初戦で倒されたわけでもないのに再戦時に出てこなかった)。
神仏戦争において負傷した産土神たちの治療の為に火の鳥が教えた、妖怪の手当もできる医者。
21世紀の人々
坂東スグル
ハリマの生まれ変わりであり、シャドーの工作員。敵=『光』の一員であれば何の躊躇もなく、たとえ非戦闘員であろうが容赦なく抹殺する(ただし自分の意志で『光』に入っていない少年兵は除く)。
話が進むにつれて体毛が濃くなるなど人間離れしていき、物語終盤でハリマが狼ではなくなった途端に狼男となった。
大友
『光』の教主。現存神(いましおや)と称される。
元々は宇宙飛行士として宇宙を調査していたが、宇宙で発見された火の鳥の力を基に新興宗教である『光』を創設し、日本を掌握し人々を支配する。
なお、雑誌『野性時代』連載時は『鉄腕アトム』に登場するお茶の水博士の息子であると設定されていたものの、単行本版ではカットされている。
おやじ(猿田)
太陽編における猿田彦。
シャドーのリーダーとして、『光』及び大友相手にゲリラ戦争を仕掛けており、戦争終盤で『光』に勝利する。
しかし、『光』崩壊に前後して大友同様に新たな宗教である『不滅教(エターナリズム)』を創始し、宗教を基に大衆を支配することになる。どちらも己の打ち出した宗教など実は信じておらず、大衆を支配するための道具であると考えている点でも同じであった。(なお、150年後の生命編では、不滅教の影響かほぼロボットとなっても生きようとする老婆が登場する。)
『野性時代』版ではお茶の水博士の弟であり大友の叔父である事が明かされているが、こちらも単行本版ではカットされている。但し大友の叔父である設定だけは残っており、大友に最後通牒をする際には「叔父と甥として話そうではないか」と呼びかけている(結局、拒絶されたが)。
スグルの姉
光教団が出来上がり、日本人が「光」と「シャドー」に分けられた時、光教団の一員と恋仲だったためシャドーに「落ちずに済んだ」人物。弟をシャドー送りにしたことに罪悪感を持っており、弟を何度も助けるが、最終的にはそのことが夫にばれて殺される。十市媛の生まれ変わりとされる。
ナンブ
演者はレッド公。スグルの姉婿で光の教宣局長。
妻の謀反に怒り発作的に彼女を絞殺してしまい、教団からも用済みと見なされリカオンに始末される。
イノリ
スグルと同じシャドーの一員。14歳。スグルに好意を寄せており、「戻ったら結婚しよう」などと言動的に幼い面が目立つ。自爆作戦を決行したスグルを見送る。おばばの生まれ変わりとされる。
なぜかネット上でやたらと人気が高い。このロリコンどもめ。
小沼ヨドミ
『光』の下っ端の少女兵だったが、スグルに殺されなかったため、シャドーのシンパと疑われ、光教団の「更生施設(洗脳施設)」に収容される。捕虜となったが義兄のナンブに助命されて施設送りとなったスグルと施設で再会する。当初こそスグルを憎んでいたものの、熱心な看護を受ける中でお互い好意を抱くようになる。
彼女こそマリモの生まれ変わりであり、21世紀での最終決戦の後に前世の記憶を取り戻して、権力とも争いとも無縁の世界へ向かう。
リカオン
『光』教団の殺し屋。スグルを最も苦しめた。
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