概要
ダゴンはユーフラテス川流域の都市国家で信仰された神でその起源は古く紀元前3000年まで遡るという。
特にアッカド王朝においては重要な神とされたことから王家の碑文にダゴンの名が記され、「エヌマ・エリシュ」では最高神アヌと並び称されている。
時代が下って紀元前2000年にはウガリットにダゴン信仰が流入し、ウガリット神話では豊穣神バアルの父とされた。
その神性は穀物神、海神であったとされ、魚の尾または頭を持つ姿で、語源はヘブライ語の『dag(魚)』と『aon(偶像)』から、もしくはウガリット語の『dgn(穀物)』に由来するとされる。
広い地域で信仰されたダゴンは、「旧約聖書」においてペリシテ人の崇める異教の神として言及されている。“士師記”16章では、士師サムソンを捕えた祝いとしてペリシテ人がダゴンに生贄を捧げる場面がある。そしてダゴン神殿で見せ物にされたサムソンは最後の力で神殿を崩落させ3000人のペリシテ人を殺している。
“サムエル記上”6章では、エベン・ベゼルの戦いで勝利したペリシテ人がイスラエル人から契約の箱(聖櫃)を戦利品として奪い、都市アシュドドのダゴン神殿の中に運び入れた。翌朝、ダゴン像が箱の前に倒れこんでいるのをアシュドドの人が発見した。さらに一夜が明けると、戻したはずのダゴン像が倒れ、切り離された両手と頭が神殿の敷居に転がっていた。直後にヤハウェの災いが都市を席巻して人々に腫れ物をもたらしたという。
悪魔としてのダゴン
中世の悪魔学ではダゴンを第二階級の魔神とし、地獄宮廷のパン製造と・管理を司る存在とみなしたとされ、またフランスのオーソンヌの悪魔憑き事件では、修道女の一人がダゴンの名を口にしている。
ジョン・ミルトンの「失楽園」でも堕天使の一人として登場するが、他の堕天使と同じく聖書の異教神として解説されている。
クトゥルフ神話のダゴン
『父なるダゴン』と称されるクトゥルフの従者であり、深きものどもの統率者である。
姿は鱗や水かきのついた手足、魚類然とした面貌を持つ、人間に似た姿であるとされ、深きものどもが長い年月をかけて成長して、ダゴンになるとも言われている。ヒュドラという伴侶がいるとも。