概要
名探偵「エルキュール・ポアロ」シリーズの長編作品で、「アクロイド殺し」「オリエント急行の殺人」と並ぶ同シリーズ代表作の一つ。アルファベット順に殺人事件が起こることが特徴である。
なお冒頭から、本作は1935年6月の出来事と判明している。
登場人物
エルキュール・ポアロ
私立探偵。
時系列的には『アクロイド殺し』の後で、農村でのカボチャ創りを辞めロンドンの幾何学的なアパートに住んでいる。
第1作『スタイルズ荘の怪事件』から20年近い時が過ぎた事もありこっそり白髪染めをしているが、まだまだ付け髭はいらないそうな。
犯人からの匿名の挑戦状を受け取ったことで、否応なく事件に巻き込まれる。
アーサー・ヘイスティングズ
ポアロの協力者。
いわゆるワトソン役で、元陸軍大尉の牧場主。
『ゴルフ場殺人事件』エンディングで結婚し、現在はアルゼンチンで牧場を営んでいるが、今回は30年代に世界を覆っていた不況の影響から仕事処理のため英国に一時帰国していた。
アリス・アッシャー
Alice Ascher
1人目の犠牲者。
アンドーヴァーで小さな商店を切盛りしていた老女。
自身の経営していた店内で背後から撲殺される。
金や商品には一切手は付けられていなかった。
フランツ・アッシャー
Franz Ascher
アリスの夫。
大酒飲みで、たびたび妻のアリスに金をせびっていた。ドイツ系で、第一次大戦中は差別と偏見に苦しんでいたらしい。
メアリ・ドローワー
Mary Drower
アリスの姪。
アンドーヴァー近郊のある屋敷でメイドとして働いている。
エリザベス(ベティ)・バーナード
Elizabeth (Betty) Barnard
2人目の犠牲者。
ベクスヒルのとあるカフェでウェイトレスとして働いていた。異性関係が少々だらしなく、彼女の父親に言わせると「いまどきの娘」らしい。
事件当日も何者かに深夜の海岸まで誘い出され、そこで絞殺されてしまったらしいことが分かっている。
ドナルド・フレーザー
Donald Fraser
ベティの婚約者。
不動産関係の仕事をしている。激しやすく、ベティの異性関係でたびたび彼女と言い争いをしていた。
ミーガン・バーナード
Megan Barnard
ベティの姉。
ロンドンでタイピストとして働いている。ドナルドとの喧嘩についてベティから相談を受けていたが、次第にドナルドと仲良くなり始めていた。。
妹ほど器量はよくないが、しっかりとした性格をしている。
カーマイケル・クラーク卿
Sir Carmichael Clarke
3人目の犠牲者。
かつて医師として成功した富豪。
引退後は保養地の近くのチャーストンにある屋敷に住み、趣味の骨董品収拾に熱中していた。
3件目とあってポアロも警察もABCからの予告に即応できる準備をしていたが、宛先の誤記によって挑戦状の到着が遅れるという痛恨の事態が起きる。
フランクリン・クラーク
Franklin Clarke
カーマイケル卿の弟。
兄の右腕として世界中を飛び回って骨董品を買い集めている。最近帰国した。
シャーロット・クラーク
Charlotte Clarke
カーマイケル卿の妻。
末期ガンを患っており、先が長くない。夫のカーマイケルと秘書のグレイの関係を疑っている。
夫のカーマイケルと秘書のソーラの関係を長年疑い続けており、夫が殺されてからは彼女を屋敷から追い出した。
夫婦の間に子供はいなかった。
ソーラ・グレイ
Thora Grey
カーマイケル卿の秘書。
彼女は事件当日に怪しい人物を見かけていないと証言しているが、当日玄関先の階段で見知らぬ男と話している姿をシャーロットに目撃されている。
カーマイケルに非常に信頼されており、妻の病を悩むカーマイケルの心の支えになっていた。
そのためシャーロットにカーマイケルとの関係を疑われていたが、カーマイケルには今の所そこまでの気はなかったようである
ジョージ・アールスフィールド
George Earlsfield
4人目の犠牲者なのだが、姓名ともにイニシャル「D」ではない理髪師の男性。
ロジャー・ダウンズ
Roger Downes
ドンカスターでの殺人の第一発見者であり、被害者の近くに座っていた教師。
姓のイニシャルが「D」なので、警察は背格好の似ていた彼とアールスフィールドが間違えられたのだと考える。
アレグザンダー・ボナパート・カスト
Alexander Bonaparte Cust
ストッキングのセールスマン。
自身の名前が2人の偉大な英雄(アレクサンダー大王とナポレオン・ボナパルト)に由来することに対してコンプレックスを感じている。
原作での途中の数章はヘイスティングズ大尉ではなく彼の視点から描かれている。第一次大戦に従軍したことがあり、復員後はその後遺症に悩まされている。
真犯人の策略によって、一連の事件の犯人であるという濡れ衣を着せられる。
最終的にポアロから警察への助言もあり、無罪として釈放される。
ジェームス・ジャップ
ロンドン警視庁首席警部。
クローム警部
事件の担当刑事。優秀だが、どこか傲慢なところがある。
あらすじ
ロンドンに新しくアパートを構えたポアロの元に、「6月21日、アンドーヴァーを警戒せよ」と文末に「ABC」と署名された挑戦状が届いた。そして挑戦状の通り、Aで始まるアンドーヴァー(Andover)の町で、イニシャルがA. A.のタバコ屋の老女アリス・アッシャー(Alice Ascher)の死体が発見され、傍らには『ABC鉄道案内』が添えられていた。
警察は当初、彼女が夫と不仲であったため、夫を疑うが間もなくABC氏からポアロの元に第2・第3の犯行を予告する手紙が届き、Bで始まるベクスヒル(Bexhill)でイニシャルがB. B.の女性、「C」で始まるチャーストン(Churston)でイニシャルがC. C.の富豪が殺害され、やはり死体のそばには『ABC鉄道案内』が置かれていた。犯人は、地名とイニシャルが一致する人物をアルファベット順に選び殺害していると推測されたが、被害者達それぞれに動機がある者はいても、被害者たちにABC以外の関連性はなく、犯人の正体と動機はわからない。
やがてセントレジャー競馬が行われる日に犯行を予告する手紙が届く。ポアロらは第4の殺人を防止すべく、競馬の開催地ドンカスター(Doncaster)へ向かうが、町の映画館で殺害されたのはイニシャルがD. D.の人物ではなくG. E.の理髪師の男であった。ポアロも警察も首をひねるが、近くにイニシャルがDの男性が座っていたため犯人に間違えられたものと思われた。
アルファベット順に選んだ対象を無作為に殺害していく愉快犯の仕業と警察が捜査方針を固める中、てんかん持ちのアレクサンダー・ボナパート・カスト(Alexander Bonaparte Cust, A. B. Cust)は新聞報道を読んで自分が犯人なのではないかと思い悩み自首してくる。彼の家からは『ABC鉄道案内』が多数発見され、挑戦状を打ったタイプライターなどの証拠品が発見され事件は解決したかと思われた。
これらの事から警察はカストが犯人とみるが、ポアロはその事実に納得できないものを感じていた。なぜならアロは真犯人が別にいると推理するからだ。彼はいかに理性を失したように見える人間の犯行であっても、そこには犯人なりの論理性や理由があるはずであり、何の理由もないのにアルファベット順に人を殺害していくというのは殺害動機としてあり得ないと考えていた。
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