概要
岐阜県南西端、伊吹・鈴鹿両山地に挟まれた小盆地のことを言う。軍事・交通上の要地で、古くは不破関が設けられた。また、中山道・北国街道・伊勢街道の分岐点にあたり、宿駅が置かれた。現在も鉄道・自動車交通上の要地。
一般的概念
「関ヶ原」という場合には1600年9月15日の「関ヶ原の戦い」を指すことが多い。
豊臣秀吉の死後、天下の実権を握った家康は三成と対立し、それぞれ諸大名を糾合して戦ったが、小早川秀秋の寝返りにあった西軍は惨敗し、三成らは処刑され、豊臣秀頼は摂津・河内・和泉60万石の一大名に転落した。この結果、徳川氏の覇権が確立。
俗に「天下分け目の戦い」という。
関ヶ原(戦国BASARA)
上記の歴史から、徳川家康と石田三成の2名が描かれたイラストに付けられるタグとされている場合もある。