概要
足利義輝が戦国BASARA4より登場し、それ以降に使われるようになった足利義輝×毛利元就のカップリングタグである。
他に足毛というタグがあるが、脛毛のイラストにも付けられているタグであり「もっと綺麗なCP名はないのか」との声を受け当タグが作られた。
なお漢字での輝就は戦国無双シリーズの毛利輝元×毛利元就を差すタグであるため、カタカナ表記とするものである。
呼び方
足利→毛利 「日之朋」
毛利→足利 「足利」 部下への台詞では「公方」とも言っている。
関係
以下、4のネタバレを含むため注意
戦国BASARA4において、毛利元就は足利義輝の配下となる。しかしそれは表向きであり、実際は安芸を日ノ本の中心とするために足利家の威光を利用しているに過ぎない。義輝はその意図を知りながら、元就の動向を楽しんでいるらしい。長曾我部元親が元就に言った台詞によれば「アンタ、真っ黒な腹ん中見通されて遊ばれてんだよ!」という状態である。(毛利ドラマルート)
戦国BASARA4
毛利元就は足利配下であるため、ステージ応仁の跡 走伝に登場する。
また毛利ドラマルートでは、元就は4戦目の海賊要塞百鬼富嶽で長曾我部元親に前述のように指摘され「我がもてあそばれているだと?!」と動揺。次の5戦目探索 鹿之介で、山中鹿之介の来訪が足利の差し金と知り、足利派を離脱した。最終戦は帝 謁見ノ儀で義輝と一騎打ちとなる。
史実
史実の足利義輝は幕府権力と将軍権威の復活を目指し、大名同士の抗争の調停を積極的に行っているが、その中で毛利元就と尼子晴久や大友宗麟の和睦も調停している。
尼子氏と毛利氏の石見銀山を巡る攻防では、尼子晴久の死後、家督を継いだ尼子義久が毛利氏との和睦を決断。足利義輝に仲介を願い、義輝がこれを受けて和睦を斡旋したが、これを元就が一方的に破棄し義輝が怒ったという。結局、元就が和睦の条件とした「石見不干渉」を義久が承諾し和睦が成立する。(雲芸和議)これにより石見での形勢が毛利氏に有利となったことで、元就は和睦を破棄し出雲侵攻に乗り出している。この様な点がゲームでの足利の権威を利用する元就の策の元になっているのではないかと思われる。
元就が正親町天皇の即位料を献上したことへの褒美として、義輝が鎧直垂を与えており、これは現在毛利博物館に収蔵されている。
元就が晩年体調を崩した際には、義輝が名医・曲直瀬道三を派遣し治療させている。