1848年1月27日〜1934年5月30日
日本海軍の元帥。
若き日は戊辰戦争で戦った勇敢な薩摩藩士、長じては日本海海戦にてロシアのバルチック艦隊を破った日露戦争の英雄となったが、外交の世界の慣習に疎いなどの欠点も露呈した。
老いてからはワシントン・ロンドンの両軍縮条約締結を妨害し、軍政に介入して海軍部内の内輪もめを煽った老害となった。さらに晩年、(満州事変が日米戦争につながることを懸念した)海軍軍令部が海軍艦艇の大陸派遣を拒否した件について激怒し、伏見宮博恭王大将とともに大角岑生海軍大臣に圧力をかけて、戦争拡大に反対する海軍将官を軒並み追放してしまう。すなわち東郷は日本海軍において後の太平洋戦争に至る道筋をつくった人物の一人でもある。
生前から「陸の大山(「陸の乃木」とも) 海の東郷」と呼ばれて神格化されていたが、本人は「軍神」として自身を祭る神社の設立される計画を聞いて驚き、「止めて欲しい」と言うが聞き入れられず、死後東郷神社を建てられてしまう。
後年においては肉じゃが開祖として舞鶴と呉の抗争もとい街おこしのネタ提供者としても高名だが、これも伝説に類する話である。
別名
沈黙の提督
海の東郷
東洋のネルソン
老害
神様
肉じゃがの開祖