9X8
ないんえっくすえいと
WEC参戦に至るまで
2011年のル・マン24時間レースを最後に耐久レースから撤退していたプジョーは2019年に「2022年からのFIA世界耐久選手権に復帰する」という発表をしていたが、同時期にLMDh規定の構想が持ち上がっていたこともあり、「プジョーは先行するトヨタやグリッケンハウスと同じハイパーカー規定とLMDh規定のどちらで出るのか?」と注目されていた。
かつて92,93年とルマン2連覇を果たすなど華々しい戦績を残した古豪に注目が集まる中、2020年のル・マン24時間の前日にプジョーのモータースポーツ部門であるプジョー・スポールから『ハイパーカー規定を用いて開発をする』事が正式に発表された。
…しかし、そのマシンの完成図は観る者を釘付けにする奇抜なスタイリングをしていた。
車両概要
本車はハイブリッドシステムを任意搭載できるル・マン・ハイパーカー規定を元に設計された。
車名は「かつてのプロトタイプカーを継承する『9』」「プジョーにおける電動化戦略を担うハイブリッドシステムを意味する『X』」「現行量産車シリーズを示す『8』」から取られている。
ハイパーカーはかつてのグループCカーやル・マン・プロトタイプのように無制限に空力開発が出来る訳ではなく、レギュレーションによってダウンフォース上限とドラッグ(空気抵抗)下限が厳しく定められているため、本車もその流れに倣う形になった。
…まではいいのだが、本車はレギュレーションとデザイン性の両立を図った結果、なんと大胆にもリアウィングを捨て去った『ウィングレスボディ』の採用に踏み切ったのだった。
あまりにも大胆すぎるデザインに奇異の目で見られることとなったこのマシン。しかし、9X8がリアウィングを採用しなかったのはある理由があったからである。
それは、フォーミュラカーやグループGT3規定など幅広いセッティングが可能なレースカーとは異なり、「角度調整が可能な空力デバイスは1つのみ」というハイパーカー規定特有の制限があるため、いくらリアウィングを備えていてもフロントスプリッターとどちらかを固定化しなければならなかった。
マシンの設計上、リアよりもフロントのダウンフォースを重視する傾向があり、更にはボディ上面より下面の方がダウンフォースを稼ぎやすいことから、
「リアウィングは調整できないしフロア構造でダウンフォースを取れるなら、リアウィングなんて要らないよね?」
という形で設計された。
動力面は自社製の2.6L V型6気筒ツインターボエンジン+前輪に最大出力200kWの電動MGUを搭載。バッテリーはトタルエナジーズの子会社であるサフトグループS.A.が開発した900Vバッテリーを採用した。
その戦績
デビュー戦は2022年第4戦モンツァ。
この年のル・マンを欠場してもなお、マシン開発は難航しており、ハイパーカークラスでは完走すれば良いところ、下手すれば格下のLMP2(ル・マン・プロトタイプ・2)よりも周回数が少ないという散々なもので、最高位は2023年第4戦モンツァの3位。
原因は多岐に渡るが、フロア構造でダウンフォースを稼ぐ設計がかつてのグラウンドエフェクトカーとほぼ同じであり、ブレーキング時に激しい縦揺れ(ポーポイズ現象)を発生させて姿勢を乱し、コースの起伏次第でダウンフォースが不足しコーナリングスピードも稼げないという悪循環に陥りやすい状態だった。
更に9X8のデビューイヤーである2022年から前後異径タイヤ採用にメリットがあることが判明していた中で、前後同径タイヤを採用する9X8はサイズの変更に対応できる余裕がなかったこともマシンの戦闘力不足に拍車をかけていた。
そんな不遇な中でも特に輝いていたのは2024年シーズン開幕戦のカタール。
開幕戦が行われたロサイル・インターナショナル・サーキットは、路面状況が全周に渡って極めてフラットという、9X8の特性にこれ以上ないほどマッチしたコースで、優勝候補のトヨタやフェラーリ等、他のハイパーカー規定のライバルが苦戦を強いられる中、プジョーの93号車がまさに水を得た魚の如く猛追撃を繰り広げていたが、残り1周で痛恨のエンスト。このレースで優勝したペンスキー・ポルシェ963から1周遅れではあったものの、2022年のWEC復帰後で最高位となる2位でフィニッシュした。しかし、ガス欠状態時にモーター走行のみでの最低速度を上回って走行したこと(本来は120km/hまで制限されているのだが、この時は150km/hで走行していたので制限より30km/hもオーバーしている)、自力でパルクフェルメ(簡潔に言えば車検場)まで戻れなかったことで失格となり、せっかく得た2位を台無しにしてしまった。
翼を授かった獅子
かねてから戦闘力の不足が指摘されていた9X8だが、24年シーズンから一度は捨てたリアウィングを再び採用した『2024年仕様』の投入を決定。
この外観変更に伴い、ボディ形状は90~95%にわたって改良が加えられており、これでようやく他のハイパーカーと互角に戦えるはずと思われた。
……が、この2024年仕様が投入された第2戦イモラ以降でも状況は変わらず、トヨタやポルシェ、フェラーリ等に一歩及ばない状況が続いた。が、最終戦バーレーンにて2位のフェラーリがタイヤの使用本数で違反が発覚。降格したため4位から繰り上がりでポディウムに乗ることができた。