MSX turboRとは、かつて存在したホビーパソコンMSXの上位仕様である。
概要
1990年発表。最大の目玉として、CPUがZ80上位互換である16ビットカスタムRISCチップ、R800に変更になったことが挙げられる(turbo Rの名前の由来でもある)。動作クロックは分周された7MHz程度であったが、Z80の命令のほとんどを1クロックで実行可能になったことから実効動作速度は数倍になることがあり、「Z80で28MHz相当」と宣伝された。互換性維持のためZ80相当チップ(MSX-ENGINE 2)も搭載されており、切り替え式で排他動作するようになっている。
その他の仕様変更としては、MSX-MUSICがようやく標準仕様に昇格になった。加えて、新たにMSX-MIDIとPCM音源が仕様に加えられている。もっともPCMは再生中は他の割り込みが停止されるという問題のある仕様であり、このためゲーム中の音源として使用するには課題が残されていた(そもそもMSXはスロット構造の副作用としてディスクアクセス中は割り込みが停止され、音楽再生が停止するという重大な問題が以前から存在した)。
また、CMTインタフェースがまるごと削除されているのも特徴である。BASICにおけるCLOAD/CSAVE/CSAVE?/MOTORステートメントも削除されたため、CMTインタフェースへのアクセスを何らかの形で行うプログラムは修正が必要になる。
turbo Rは仕様展開8年目にしてようやく訪れた、CPUまで含めた高速化を行った仕様である。しかしながらグラフィクス機能はMSX2+と同じV9958チップのままであり、従来の高性能なグラフィクス機能をCPUが阻害するという状況から一転、高速化したシステムをグラフィクス機能が阻害するという事態が発生してしまっていた。V9990というチップが開発中であったものの、開発が間に合わなかったとも言われている。この件はユーザーの間では半ばトラウマになっており、現代においても「turboRはV9990が搭載されていれば違う未来があった」という論調が聞かれることがある。
もっとも、残酷なようであるが、V9990の遅れだけがMSX turboRの命運を決定したとは言い難い。大きな問題点として、turboRはR800の仕様を100%活かしていない。R800は当然ながら16ビットプロセッサとしてメモリアドレス空間の拡大やDMAの追加などが行われているが、turboRはそれらは全く使用されておらず、単に命令が追加された高速なZ80としてしか使用されていなかった(R800単体では24ビットアドレス空間をサポートし、16MBまでのメモリが搭載できる他、DMAがあるため前出のようなディスクアクセス中に音楽が停止するような事態も完全に回避できる)。
そして何より、既に時代は32ビットプロセッサに移り始めており、16ビットプロセッサの時代は終わりを迎えていたという致命的な問題が存在する。例えばインテルの32ビットプロセッサである80386は1985年発表であり、これは前世代であるMSX2+の頃には既に32ビットへの移行が始まっていたことを示す。1990年当時は386どころか既にIntel 486(後のi486DX)が発売されており、16ビット化は完全に「今更」でしかない。加えて、ハードの差異をOSが吸収するWindowsが登場し始めたことにより「全世界統一規格」という売りすら陳腐化しており、むしろマイナー陣営であるザイログ系統命令セットのプロセッサであることが足かせにすらなり始めていた。
大規模な設計変更が行えなかった理由としては、互換性に問題が発生する可能性があったためと言われている。明言はされていないが、低価格を売りにするハードであったため、互換性問題を吸収するための高コストな構造(例えば完全互換動作モードなど)を入れこむことも困難であったと推察される。規格展開当初は武器であった「完全互換」と、なし崩し的とは言え「低価格路線」(=ハイエンドモデルを併売するという概念が存在しなかったこと)が、最後には足枷になったという結末は皮肉である。
もっとも互換性に関しては、「高速モード」では通常モードと動作が違う(そもそも命令実行時間が全く違うため、割り込みやI/O等との整合性が取れない)ソフトが多々発生していた上、上記の通りCMTインタフェースやパドルなどの陳腐化したデバイスを完全にオミットするなどの措置が行われていたため、設計変更を行わなくとも厳密には失われている状態である。
turboRには、パナソニックのみが参入した。FS-A1ST、FS-A1GTの2機種が発売になっており、特にFS-A1GTは後年1chipMSXが発売になるまでは、長らく「マスベースで流通した最後のMSX」であった。