概要
『西遊記』の二次創作とでもいうべき立ち位置の作品。清初ごろの成立と言われる。作者は不詳。全四十回。
仏教に過剰に傾倒し、韓愈を追放した憲宗皇帝の逸話をベースとして、『西遊記』のように神魔の溢れる世界を描く。
大まかな構成は『西遊記』をまったくなぞったものであるものの、仏教が腐敗した世の俗っぽい人間模様と、『西遊記』よりも更に幻想的な土地模様・妖怪・神仏が描写される。また続編でありながら、その内容に真っ向から歯向かうくだりが見られ、まったくの模倣でありながらまた違った趣のある作品でもある。
日本語訳は尾上柴舟(1948,堀書店)、寺尾善雄(1977,秀英書房)による本が存在するものの、どちらも完全な訳ではない。前者は国会図書館デジタルコレクションにて無償公開されている。
同じく二次創作としては『西遊補』があり、こちらは註まで含めた完訳(2002,平凡社)が出版されている。
あらすじ
玄奘三蔵が経を持ち帰ってから二百年余り経った元和の時代。孫悟空が去って久しい花果山の山頂に再び精気が集まり、石猿「孫履真」が生まれた。これが祖に倣って仙道を身につけ、龍王を脅すわ、閻魔や西王母を困らせるわの大騒ぎ。
やんちゃな子孫を取り押さえるのは、祖を於いては他になし。神通を振るって難なく履真を抑えた悟空であったが、仏の教えが遍く行き渡ったはずの世に、どうしてかようも騒ぎが起きるのかと憂うことしきり。
かくして己の師たる旃檀功徳仏唐三蔵と話し合い、懐かしや唐の国へと辿り着いてみれば、なんと仏教の教えは歪みに歪み、却って世の理は大いに乱れてしまっているのであった。
ならばと神通力を振るった孫悟空、名ばかりの高僧どもが頼りにしている経典を残らず封じ、驚く皇帝と高僧たちに「再び天竺へ行き、教えの正しい解釈が書かれた真解を求めるように」と命じて去っていったのであった。
真解を求める旅路は、やはりぴったり十万八千里。いかな辛苦が待ち構えるか分からぬ長旅に、僧たちが二の足を踏む中で、名乗り出たは韓愈に導かれて唐へとやってきた田舎僧侶の大顛。彼は「半偈(はんげ)」と新たに名乗り、西天へ真解を求める旅を始めるのであった。
ひっきょう、この旅の行方はいかがあいなりましょうか。それは訳本をお読みあれ。
登場人物
主要な人物
孫履真
花果山の石が孫悟空の後に再び精気を孕み、生まれてきた石猿。「斉天大聖」と名乗った悟空に倣い、自らを「斉天小聖」と称する。四州を遍く巡る紆余曲折の後に孫悟空と同等の神通力を手にし、花果山に遺された如意棒を奮い、龍宮や閻魔殿や天界を大いに騒がしたものの、孫悟空に金箍児(なぜかこちらの「金」となっている)を嵌められてしまう。その後は花果山にて隠遁していたものの、それと知らずに呪文を唱えて金箍児を締め続けた半偈の元に現れ弟子となる。「孫行者の後だから」と「小行者」という名前を与えられた。
何かにつけてキレやすい面が目立った御先祖様と比べて、師匠の言うことには素直で真面目に従う。ただし邪念は無くとも一度こうと決めたら聞かないタチらしく、弟子になって早々に龍王から馬と馬具を強請り取る蛮行に及ぶ。
ちなみに、孫悟空と比べると若めの顔立ちらしい。あちらは三百歳でようやく仙人になったから仕方ない。
通臂仙
孫悟空の事が忘れられて久しい花果山で、唯一人だけ彼の事を知る通臂猿猴(つうひえんこう)。というのも、彼だけは天界から孫悟空が盗み出した仙酒と蟠桃の力で不老不死を得たため。
美猴王を称して山にいた頃の孫悟空を懐かしがっており、花果山に石猿が新たに生まれたことを喜んでいる。偉大な先祖に倣いたがる孫履真に様々なことを教える。
『西遊記』中では孫悟空に重用された二匹の通臂猿猴「崩」「芭」が登場しているものの、通臂仙が彼らであるのかははっきりとしない。
半偈
今回の三蔵役。法名は「大顛」。派手を嫌って田舎の庵に引き籠っていたものの、縁あって長安に出たことで三蔵らに見いだされることとなった。「半偈」は仏教の教えを説く韻文「偈(げ)」の半分の事。
仏の教えに忠実であるが、馬鹿正直で融通の利かない面があった三蔵と比べ、世間の道理を心得ている師匠。金箍児も滅多に絞めない。
現実にも時代・場所共に合致する僧侶の大顛が存在しているが、こちらも三蔵と同じく物語とは異なる人物である。
猪一戒
法名は「猪守拙」。猪八戒の忘れ形見なものの、父親そっくりの豚顔だった為に化け物扱いされて逃げ出し、そこから二百年間ほっとかれっぱなしだった家なき子。
かつての父親よろしく人食い豚をやっていたが、仏となった三蔵に出会い、仏門に入る……が、やっぱりかつての父親よろしく人様に迷惑をかけて、孫履真に取り押さえられる。
半偈から与えられた名前「一戒」は「貪・嗔・色・相の一切を戒める」の意味。「(父の名の由来になった)五葷三厭が何なのかわかりません」という本人の意向を汲んだ。
大食らい・減らず口・怠け者・嘘つきと立ち居振る舞いは父親そっくりのムードメーカー。神通力も武器も父親譲りで、九歯の釘鈀(まぐわ)を使って履真と共に妖怪を退治していく。
なお、本人曰く「父親よりは可愛い」らしい。
沙弥
半偈からは「沙致和」と呼ばれる。両親がないのを沙悟浄に引き取られたそうなので、別に血縁は無いはずだが、どうやら師匠によく似た顔立ちらしい。「沙弥」は法名で、見習いの和尚の意味。あまりにもそのまんまだが、沙悟浄とてあだ名は「和尚」であるので当然の成り行きかもしれない。
「師匠に取経の功が足りなかったから」という理由で真解を求める旅に加わり、「道中何もしないのは気まずい」と猪一戒と交代で荷物を持つことにする。いつもは一歩引いているのは師匠に倣うところだが、戦いになるとよく加勢している。ちょっと口が悪い。
彼だけ武器は先代の振るった「降妖杖」ではないらしく、一貫して「禅杖」と表記されている。材質もどうやら木ではなく鉄である模様。
龍馬
「三蔵の取経伝説に倣いたいからお前ら龍を馬にして寄越せ」と無茶な事を言う孫履真に東海龍王が与えた龍馬。
玉龍が変身したのとは違い、元からそういう生き物。中国神話に「河から龍とも馬ともつかない生き物が上がってきて伏羲に八卦と文字を教えた」というものがあり、この馬がその張本人(馬)である。
東海龍王本人は「伏羲に関係する馬を仏教の使いにするなんて…」と渋っていたが、兄弟によれば「今時は文人も僧侶に叩頭する時代だから平気」らしい。
神仏関係者
釈迦如来
御存じ西方の霊山におわす偉大な仏。先だっての取経の旅が災いを招いたことを悲しみ、真解を求める旅をさせる事を決める。
『西遊記』では三蔵の前世の件もあって八十一難を設定していたが、今回は「単純明快な解を求める旅であるから」という理由で手出しはしない。
玄奘三蔵
旃檀功徳仏。今回は彼が観音菩薩の役割を演じ、半偈を見出し、密かに旅において助ける。
孫悟空
闘戦勝仏。広大無辺な仏法の力で、まさかの猿顔から脱却する。天界を騒がす孫履真を鎮め、その後は唐にて元の姿へ戻って神通力を振るう。旅の途中で履真を助けることも。
『西遊記』の彼とは異なり、随分と落ち着いた大人の振る舞いを見せる。
猪八戒
浄壇使者。兄弟子と違って豚顔のまま。「儀式が終わった後の壇を清める」という職務上常にあくせく忙しく、息子がいることも知ってはいたが探せず、釘鈀も人に貸してうっちゃっているなど兄弟子と打って変わって人間臭い。
食いしん坊なのはそのままだが、凡胎(神仙ではない凡人の身体)を捨てた仏となったことで香を嗅ぐだけで腹一杯になるという便利な身体になった。
沙悟浄
金身羅漢。兄弟子二人と違って名前だけの登場。絵には凄い力がある。
妖怪
『西遊記』と異なり、神仏に関係する者達が天下って妖怪となるわけではない為、あまり派手な術・宝具を使う者は多くない。下に一部を記す。
欠陥大王
名前の通り地面に穴を開ける術を振るう。『西遊記』の一件にあれこれ文句をつけるが、半偈に無言を貫かれて往生した。太白金星の助力により打倒される。
媚陰和尚
沙悟浄のいなくなった流沙河に住まう妖怪。その正体は沙悟浄とかかわりがある。
解脱大王
「これで解脱させる」と称して一刀のもとに殺人を繰り返す妖怪。逆に履真に解脱させられる。
大力王
かつての牛魔王だが、悟空との一件を経て丸くなった。鉄扇公主とは離縁し、今は妾であった玉面公主を妻として黒孩児太子をもうけている。
文明天王
仏教を嫌い、中国古来の文明たる儒教を広めようとする妖怪。不思議な筆の力を持つ。(西狩獲麟の故事に因んでいるようだ)
九尾仙
仏教への信仰篤い狐の妖怪。それはそれとして悪事は働く。
不老婆婆
「下品」という理由で削除され、当作の完訳を二度も阻んだ問題児。女媧が天地修復に用いた神器「玉火鉗」を操り、履真と一戦交えんとする。何故これが下品なのかは原文を読まれたし。
龍とも鰐ともスッポンともつかぬ、巨大な怪物。半偈一行を飲み込んでしまうが…