概要
マクラーレン・MP4/7Aは、1992年のF1に投入されたF1マシン。
これは、92年限りで第2期F1活動を終了したホンダがマクラーレンにエンジンを供給した最後のF1マシン。
マシンのデザインは、チーフデザイナーのニール・オートレイとエアロダイナミシストのアンリ・デュランが担当。
この年のドライバーラインナップはマクラーレン不動のエースであるアイルトン・セナとゲルハルト・ベルガーのコンビが継続された。
マシンメカニズム
シャシー面では、それまでのオス型に整形モノコックから(トレンドに従う形で)メス型に整形にされたモノコックに変わり、曲線が付いている細いノーズも(僅かながら)ハイノーズ化された。
エンジンについても、バンク角を75°とやや広角にした上で補機の類の配置変更やエキゾーストマニホールドの形状を工夫するなどにより、マシンをコンパクトにまとめた。
さらに、マクラーレンとしては初搭載となるセミオートマチックミッションなど、それまでの旧態然としたマシンとは一転して、かなりの意欲作であった。
一方で、それまでマクラーレンが推し進めてきたコンサバティブなマシンコンセプトでは、ウイリアムズ(やベネトンなどに代表されるトータルパッケージを全面に押し出したマシンに勝てないことは明らかであった。実際、92年シーズンが始まってからはウイリアムズに追いつくどころか、鬼才・ロリー・バーンがデザインしたベネトン・B191にすら敗北するレースもあった。
なぜ新規に開発されたマシンなのにマシン名にAが付いていたのかというと、(シーズン途中から)アクティブサスペンションなどのハイテク機器を搭載した改良型のMP4/7Bの投入(むしろこっちが本命だった)が予定されていたためである。
しかし、(MP4/7の)改良型であるBスペックの開発は遅れに遅れてしまう(結局シーズン中の投入はなかった)。さらに、新たに投入された数々の技術も熟成不足でトラブルを頻繁させたことから、(タイトル争いにおいて)最大のライバルであるウィリアムズのFW14Bに圧倒的な差をつけられ、ドライバー、コンストラクターの両タイトルを奪還されることとなった。(最終順位はコンストラクターズが2位、ドライバーズはセナが4位、ベルガーが5位)
関連タグ
アイルトン・セナ ゲルハルト・ベルガー McLaren 本田技研工業 F1
先代型MP4/6
後継型 MP4/8