概要
日本の作家、夏目漱石の長編小説。
中学校の英語教師である珍野苦沙弥の家に飼われている猫「吾輩」の視点から、珍野一家や、そこに集う彼の友人や門下の書生たちの人間模様を風刺的・戯作的に描いた、漱石の処女小説である。
「吾輩は猫である。名前はまだ無い。どこで生れたかとんと見当がつかぬ。」という書き出しは有名。
登場人物・動物
吾輩(わがはい)
珍野家で飼われている雄猫。本編の語り手で名前はなく「吾輩」とは彼の一人称。人間の生態を鋭く観察したり、猫ながら古今東西の文芸に通じており哲学的な思索にふけったりする。人間の内心を読むこともできる。初期は近所の猫と付き合いがあり、三毛子に恋心を抱いていたが、その辺りは急激にフェードアウトしていった。
毛色は淡灰色の斑入り。年齢は、第七話では「去年生れたばかりで、当年とつて一歳だ」
第十一話では「猫と生れて人の世に住む事もはや二年越し」とあるように作中で歳を取っている。
最後はビールに酔い、水甕に落ちて出られぬまま溺死する。その際に「南無阿弥陀仏。ありがたいありがたい」と自身に対して唱えており、死生に対しても達観していた様子。
珍野 苦沙弥(ちんのくしゃみ)
吾輩の飼い主。文明中学校では英語を担当している教師(なお、漱石は大学の英語教師)。父は場末の名主で、その一家は真宗。なのに禅宗かぶれっぽい所もままある。年齢は、学校を卒業して9年目か、また「三十面(づら)下げて」と言われるように割と歳はいっている。
妻と3人の娘がいる。
偏屈な性格で、胃が弱く、ノイローゼ気味であることから、作者である漱石自身がモデルであるとされる。
あばた面で、くちひげをたくわえる。その顔は今戸焼のタヌキと言われている。頭髪は長さ2寸くらい、左で分け、右端をちょっとはね返らせる。吸うタバコは朝日。酒は元来飲めず、平生なら猪口で2杯。権威主義者らしく、わからぬもの(禅かぶれの八木独仙など)、役人や警察をありがたがる癖があり、探偵(現在の刑事に相当)と言う職業を「泥棒と同じである」となじる。ただし金持ちは嫌いで、近所の金田一家を嫌っている。
迷亭(めいてい)
苦沙弥の友人の美学者。ホラ話で人をかついで楽しむのが趣味の粋人。その割に、蕎麦の食べ方がいかにも半可通。
美学者の大塚保治がモデルともいわれるが漱石は否定したという。また、漱石の妻鏡子の著書『漱石の思ひ出』には、漱石自身が自らの洒落好きな性格を一人歩きさせたのではないかとする内容の記述がある。
近眼で金縁眼鏡を装用し、金唐皮の烟草入を使用する。
伯父については後述。
水島 寒月(みずしま かんげつ)
苦沙弥の元教え子の理学士で、苦沙弥を「先生」とよぶ。なかなかの好男子。科学知識が豊富な寺田寅彦がモデルといわれる。戸惑いしたヘチマのような顔をしている。変人ぞろいの中で希少な常識人だが、研究テーマが毎回変である。
金田の娘の富子に演奏会で一目惚れする。先方(及び家族)も相手が理学士という事でまんざらでなかったようだが、結局最終回で話は流れた。
高校生時代からバイオリンをたしなむ(非常な田舎で、バイオリンを演奏するだけで軟派扱いされたらしい)。吸うタバコは朝日と敷島。
越智 東風(おち とうふう)
新体詩人で、寒月の友人。「おち こち」と自称している。故郷は鰹節の名産地。絶対の域に至る道は愛の道と芸術の道であり、夫婦の愛がすべての愛の代表であるから未婚でいることは天の意志にそむくことになるという。結婚できない人のことを少しは考えて欲しい発言である、爆発しろ。
八木 独仙(やぎ どくせん)
哲学者。長い顔にヤギのような髭を生やし、意味不明な警句を吐くが、誰も分からない。40歳前後。
ちなみに大学生の頃からこの調子で、口先は立派だが粗忽であった。おまけに、感化された友人を二人発狂させている。
立町 老梅(たちまち ろうばい)
狂人。巣鴨の精神病院に収容されながら、「天道 公平(てんどう こうへい)」を名乗り、独仙にも増して怪しげな手紙を知人に送りつけている。切手の金額が不足している事はざらにあるらしい。
元は苦沙弥たちの大学時代の友人だったが、理野 陶然(りの とうぜん)とともに独仙に感化され、陶然は禅にかぶれて無茶な修行三昧で病死したが、老梅は食い意地と併発したせいか、食べ物関係の妄想まみれになり精神病院に送られてしまった。迷亭曰く「豚仙」。
甘木先生
苦沙弥の主治医。温厚な性格。「甘木先生」は縦書きだと「某先生」と読める。
金田(かねだ)
近所の実業家。苦沙弥に嫌われている。苦沙弥をなんとかして凹ませてやろうと嫌がらせをする。
金田 鼻子(はなこ)
金田の細君。寒月と自分の娘との縁談について珍野邸に相談に来るが、横柄な態度で苦沙弥に嫌われる。巨大な鍵鼻の持ち主で「鼻子」と「吾輩」に称される(鼻が大きくて「鼻の圓遊」と呼ばれた明治の落語家初代三遊亭圓遊にヒントを得て創作されたという説がある)。年齢は40の上を少し超したくらい。
金田 富子(とみこ)
金田の娘。母親似でわがままだが、巨大な鼻までは母親に似ていない。寒月に同じく演奏会で一目惚れする。阿倍川餅が大の好物。
鈴木 藤十郎(すずき とうじゅうろう)
苦沙弥、迷亭の学生時代の同級生。工学士。九州の炭鉱にいたが東京詰めになる(月給250円+盆暮の手当)。金田家に出入りし、金田の意を受けて苦沙弥の様子をさぐる。
こういった探偵のような作業をなじっての苦沙弥の発言があるが、当人が金田のためにどこまで動くつもりだったのかは分からない。
多々良 三平(たたら さんぺい)
苦沙弥の教え子。肥前国唐津(初期設定では筑後国久留米)の出身。法学士。六つ井物産会社役員(月給30円)。貯蓄は50円。鳴かない吾輩を見てから猫鍋(ねこ鍋ではなく、猫の肉を具にした鍋料理)をしきりと恩師である苦沙弥にすすめる。
漱石の熊本在住時代に住み込んでいた俣野義郎がモデルとされるが、「吾輩は猫である」が評判になったせいで「おい多々良君」と呼ばれるようになり、俣野は漱石に訴えて三平の出身地を変更させてもらった。
迷亭の伯父
静岡在住の迷亭の伯父。漢学者。赤十字総会出席のため上京し、苦沙弥宅を訪問する。丁髷を結い(しかしその上に山高帽)、鉄扇を手放さない、旧幕時代の権化のような人物である(正岡子規が寮にいた時の舎監の内藤鳴雪がモデルとされる)。
Wikipediaでは「牧山」として出ていたが、迷亭の法螺の「金田の友達の牧山男爵」の元ネタがこの人かどうかは怪しい。
一見すると明治政府のやり方に反抗している守旧派のように見えるが、そもそも赤十字に参加しているうえに、総会で宮様(有栖川宮熾仁親王)の姿を見る事ができて「もうこれで死んでもいい」と感激しているので、あくまでも個人的に古風を通しているだけのようである。
珍野夫人
珍野苦沙弥の細君。英語や小難しい話はほとんど通じない、というかいつもの事なので面倒臭がってスルーしている節がある。頭にハゲがあり、身長は低い。いびきをかく。夏目漱石の妻である「鏡子夫人」がモデルか。
珍野 とん子
珍野家の長女。「お茶の水」を「お茶の味噌」と、「元禄」を「双六」と、「火の粉」を「茸(きのこ)」と、「大黒(だいこく)」を「台所(だいどこ)」と、「裏店(うらだな)」を「藁店(わらだな)」と言うような、言葉間違いが多い。顔の輪郭は、南蛮鉄の刀の鍔のようである。
珍野 すん子
珍野の次女。いつも姉のとん子と一緒にいる。顔は、琉球塗りの朱盆のようである。
珍野 めん子
珍野家の三女。「当年とつて三歳」。通称「坊ば」。
「ばぶ」が口癖。顔は、横に長い面長。
おさん
珍野家の下女。名は清という。主人公の猫「吾輩」を好いていない。埼玉の出身。睡眠中に歯ぎしりをする。
雪江
苦沙弥の姪、女学生。17、8歳。時々珍野邸に来て苦沙弥とケンカする。寒月に淡い恋心を抱いている。
二絃琴の御師匠さん
三毛子の飼い主。天璋院様の御祐筆の妹の御嫁に行った先きの御っかさんの甥の娘である。
古井 武右衛門(ふるい ぶえもん)
珍野の監督下の中学生。2年乙組。頭部が大きく毬栗頭。
吉田 虎蔵(よしだ とらぞう)
警視庁浅草警察署日本堤分署の刑事巡査。
泥棒陰士
水島寒月と酷似する容貌の窃盗犯。長身で、26、7歳。喫煙者。
珍野家に泥棒に入るが、吾輩の偶然の妨害により阻止される。
八(や)っちゃん
車屋の子供。車屋で毎回怒られるたびに大声で泣きじゃくっている。
豆知識
多数のモデルが存在するこの作品の主人公である吾輩にもモデルがいる。それは、漱石が飼っていた黒猫であり、その黒猫にも名前はなかった。
同時期に犬を飼っていたがその犬には名前が付いていた。