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正岡子規

まさおかしき

伊予国(愛媛県)生まれの近代文学者。俳句の創始者である。
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日本俳人歌人・評論家。

概要

俳諧の発句を独立させた定型詩「俳句」を創始。和歌漢詩もよくし、短歌評論でも知られている。

結核との闘病生活が有名であまりイメージとして定着していないが、運動好き。

「子規」とはホトトギスのことで、結核で血を吐いて口内が真っ赤になる自分を、口の中が真っ赤なホトトギスに喩えた一種の自虐ネタでもあった。

外交的で皮肉屋ながら、情熱的でかなりの行動派。学生時代は長じても病身をおして日清戦争に取材に行くなど、かなりの無茶もやらかしている。

夏目漱石との関係

生涯の親友となった夏目漱石とは、学生時代に落語談議で縁を持ち、性格は対照的(子規は底抜けに明るく熱い性分、漱石は内気で生真面目、神経質な性分)ながらその親交は子規が亡くなる数日前まで続くこととなった。

また彼のもう一つの功績として、「夏目漱石の前半生の記録を残してくれていた」ことが挙げられる。
漱石はものを処理するときは一括で、しかも紙類は燃やすの一択であったがために、その友人関係を詳しく知るための外部史料である漱石当人に宛てた手紙があまり残っていない。
しかし、子規は筆まめな上に記録魔であったため、自分の手紙さえもまとめて処分する漱石のクセを知ってか知らずか、大量に彼と交換した手紙の内容を残してくれている。

野球が好き

野球好きで、野球を題材にした句をや歌を詠んでおり、また。数多くの野球用語を和訳した。但し、「ベースボール」と言われていたスポーツに『野球』という和名をつけた人物ではない。本名の1つ、升をもじって、野球(のぼーる)にしたことがあるが、これは野球を指したのではない。
後に文学を通じ野球の発展に貢献したことが評価され、2001年に野球殿堂に表彰された。
また、喀血する前までは子規自身も野球をやっており、ポジションは捕手だったようである。


プロフィール

本名:正岡常規
幼名:正岡処之助→正岡升
 

生年月日慶応3年9月17日(1867年10月14日)
没年月日1902年9月19日
出身地愛媛県

友人

秋山真之
夏目漱石

主な作品

俳句「柿食へば 鐘が鳴るなり 法隆寺」
俳句「春や昔 十五万石の 城下かな」
俳句「赤とんぼ 筑波に雲も なかりけり」
俳句「いくたびも 雪の深さを 尋ねけり」
俳句「若あゆの 二手になりて のぼりけり」
俳句「しぐるるや 蒟蒻冷えて 臍の上」
俳句「草茂み ベースボールの 道白し」
俳句「一つ散りて 後に花なし 冬牡丹」

正岡子規の出てくる作品

司馬遼太郎坂の上の雲
ドラマ坂の上の雲』(司馬遼太郎の作品の映像化。演:香川照之
江川達也日露戦争物語
DMM.com文豪とアルケミスト』CV:白石稔
株式会社アンビションラヴヘブン

関連タグ

野球

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