概要
Azuleneの名が示すように(名前の由来は後述)、単純な炭化水素化合物とは思えないような非常に美しい青色をした有機化合物である。その分子式はC10H10とナフタレンと同じであるが、その構造は七員環と五員環がくっついた特異な姿をしている。このことが、後に述べる他の芳香族には見られない性質をもたらしている。
名前の由来
Azuleneの名前の由来は、青を意味する「Azur」からである。Azurと二重結合、芳香族を示す接尾語-eneからAzulene。名前そのものが、青い芳香族化合物、と言うことになる。それほどに、青い炭化水素の存在は衝撃的だったのであろう。
ちなみに、青い有機化合物というのはなかなか珍しい部類で、よく一般的に知られているものとして藍のインディゴやアントシアニンの一部(ブルーベリーとか)ぐらいである。青は合成された色素としては存在するが天然より見いだされ、ここまできれいな青色を見せるものはそうないと思われる。
反応性
芳香族は、芳香族安定化により、普通は不飽和結合を持つにもかかわらず、安定である。よって、付加反応ではなく、置換反応を起こす。
ところが、このアズレンはかなり反応性が高い。これは、次のように考えることで、簡単に理解できる。もし、完全に分極した構造を描くのであれば、五員環が負、七員環が正となるだろう。そうすることで、双方が6π電子を共役させることになる。これは、ナフタレンと同じ状態である。そのような形になることが望ましいため、それに近い状態にある。つまり、七員環と五員環に構造が歪むことで、分子内に強い双極子モーメントをもっている。これが一つ大きな特徴と言える。
五員環に注目すると、フランやチオフェンと言った五員環型のヘテロ芳香族と構造が類似していることが分かる。フランは極めて反応性が高く、危険な化合物であるが、その理由は6π電子を5個の元素が共有していることにある。すなわち、ベンゼンが6個の炭素が6π電子を共有していることに比べると、分母が小さいため、より電子密度が高いということである。そのため、求核攻撃を積極的に行うのである。同じことがアズレンの五員環についても言え、アズレンの五員環部は反応性が高いことが知られている。一方の七員環部で反応する例は稀である。
また、酸に対してアズレニウムイオンと呼ばれるイオンになり溶けることも知られており、その際は色が消失する(波長の吸光領域がシフトするため)。中和するとまた青に戻る。
アズレンの誘導体
天然におけるアズレン
もともと、アズレンはテルペンと深い関係がある。実際、アズレンの誘導体であるグアイアズレン、ベチバズレンはセスキテルペンである。これらは、それぞれグアイオール、β-ベチボンからかなり過酷な条件で、脱水素化することにより得られた。その他にいくつか天然から得られたアズレン類が知られている。
アズレンの利用法
アズレンスルホン酸ナトリウムなどのアズレン誘導体は薬効があり、目薬やうがい薬などに利用されているようである。あなたの身近に青い目薬やうがい薬があったら、その中にアズレン誘導体が入っている可能性が大きい。
その程度の利用されていない背景に値段がある。アズレンは1gあたり数万はするほど高価な化合物である。
一方で、天然由来のグアイアズレンはお手頃で10gで6000円ほど(和光純薬が取扱い)である。しかし、グアイアズレンはメチル基やイソプロピル基が邪魔で反応が阻害されるため汎用性で大きく劣る。
色は非常に濃い(モル吸光係数にして4万から5万にも及ぶ)が、ヘテロ元素を持たないので、そのままだと着色には使えないし、高いしでなかなかその活躍の場が見いだされないのが現状である。
とはいえ、少なからず研究をしている人たちはいるので、いつか日の目を見てほしいものである。
芳香族とヒュッケル則
ヒュッケル則は芳香族性についての一般則である。説明は簡単で、平面の環状π電子系(共役系)で、π電子数が(4n+2)個(n=0,1,2…)のとき、その化合物は芳香族性を示すというものである。実際、ベンゼンでは6π個のπ電子が存在するため、芳香族である。今回の記事のアズレンも10π電子が平面の環状π電子系に存在するため、芳香族である。詳しい話は量子化学や分子軌道法の本に出ているヒュッケル近似を見てほしい。自分で永年方程式を立てて、それを解いて、軌道を計算し、直鎖状のπ電子系の結果と比較すれば、特異な安定性を理解することができるでしょう。
余談
大学レベルの専門化学にも取り上げられることが少ないこの化合物の記事が存在する理由は、やはりその特異な構造と色にあるといえるだろう。