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石原豪人の編集履歴

2020-02-24 11:13:23 バージョン

石原豪人

いしはらごうじん

石原豪人とは日本のイラストレーター。「好き嫌いがなくてこそ高級な人間」をモットーとして活躍した。

1923年3月15日生まれ。島根県簸川郡大社町(現・出雲市)出身。

概要

幼少期に芝居小屋に通いつめており、役者の演技に大いに親しみ、それを見に来ていた女性達にも囲まれていた体験から、色気や艶のある絵を描く素地を磨いたといわれている。


18歳の時に満州にわたり映画看板を描き始める。

帰国してからも松戸や東京で描き続けていたが、肺を患ったために1955年ごろから挿絵画家(イラストレーター)として活動を始めた。


芸能誌に掲載された色気のあるスターの似顔絵でたちまち人気作家となり、少年誌や学年誌における巻頭企画、江戸川乱歩シリーズ、怪獣ブームにおける挿絵でも活躍。

その中でも、3日間で百匹の怪獣を描きあげたというエピソードは伝説として語られている。


怪獣ブーム後に訪れた妖怪ブームでは、怪奇作家佐藤有文著の『日本妖怪図鑑』や『世界妖怪図鑑』(重版されたものの挿絵を描き直すなど力を入れていた)をはじめとしたオカルト系の書籍や『なぜなに学習図鑑』などにインパクトのあるショッキングな挿絵をいくつも提供し、当時の子供たちを震え上がらせた。


氏の描いた挿絵を見ていた世代が編集者となった1990年代のゲーム雑誌などサブカルチャー誌においても依頼があり、『ファミ通』における誌上企画としてスーパーマリオを映画スターのように描いた絵物語やファミ通の歴史絵巻などが、氏を知らなかった世代の間で話題となり再評価された。

また同誌で連載していた編集者竹熊健太郎氏は、自著『箆棒な人々―戦後サブカルチャー偉人伝』でロングインタビューを行っている。

その他吉田戦車の『戦え軍人くん』文庫版の表紙を担当し、吉田のシンプルなキャラクターをリアルテイストで描き笑いを誘った。


なお林月光名義でゲイ雑誌やSM雑誌の挿絵を描いており、その濃厚な画風はその筋では有名だった。


1998年6月19日没。

氏の作風は死後もLINEスタンプが発売されるなど好評である。

著書


  • 石原豪人妖怪画集
  • 昭和美少年手帖
  • 石原豪人~「怪奇」と「エロス」を描いたイラストレーター

関連タグ

イラストレーター

佐藤有文 日本妖怪図鑑 世界妖怪図鑑 なぜなに学習図鑑


松井優征:影響を受けたと公言する漫画家

ゾンビ屋れい子:黒須高校編の登場人物「岩田豪人」の元ネタ。

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