解説
元々、専門知識のある兵士にしか使えず、戦闘中の設置が難しかった爆薬を誰でも扱えるようにした兵器…というより道具に近い。
よく太平洋戦争末期における日本陸軍が、アメリカ軍の戦車を破壊するための特攻(自殺攻撃)に用いられたといわれることが多い。具体的には布団爆弾を抱えた日本陸軍兵士が移動する敵戦車の下に潜り込んで爆弾を爆発させるというものである。
しかし、布団爆弾は本来、戦車の天板に設置して時限式の起爆装置を作動させてから、爆弾が炸裂するまで約10秒の猶予の間に、安全圏まで避難するという道具であり、使用者の命と引き換えに戦車を破壊する兵器だったわけではなかった。
(とはいえ戦車に肉薄するため死亡率は高い。)
ではなぜ、使用者の死亡が大前提の兵器になってしまったかというと、敵であるアメリカ軍が爆弾の設置を防ぐため、有刺鉄線などで戦車をトゲだらけにしたからである。そうなると残るは底面しかなく、巷で言われるような特攻兵器として使われるようになっていった。
余談
- 似たような立ち位置の兵器としては、「アンパン」こと九三式戦車地雷や九九式破甲爆雷(通称「亀の子」)があり、いずれもアメリカ軍の対策や戦場の気候などの理由から、本来の使用法から離れ、特攻兵器としての運用を余儀なくされている。
- 布団爆弾とならんで特攻兵器として語られる、刺突爆雷だがあちらは「どう正しく扱おうが、使用者はほぼ死ぬ」という点で異なる。
- アメリカ軍は、刺突爆雷もろとも「あまり驚異ではない」「役に立たない」と評価していることが多く、布団爆弾を抱えた兵士を機関銃などで倒した場合、爆弾が炸裂しそのまわりにいた日本軍兵士に甚大な被害をもたらした。