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特攻

とっこう

『特別攻撃』の略称。敵に対し、兵士自身が兵器を抱えて突撃、もしくは兵士が搭乗する兵器をぶつけて道連れにする自爆攻撃のことを指す。主に第二次世界大戦中の日本軍で採用された戦術。
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特攻とは、戦争における戦術の一種である。

概要

陣に対し、爆弾等を満載した戦闘機軍艦をぶつけたり、戦闘員自ら爆薬を抱えて突入し、敵を道連れにするという一種の自爆攻撃のこと。

第二次世界大戦における日本海軍が行ったものがよく知られているが、体当たりによる自爆攻撃自体はドイツの「エルベ特別攻撃隊」やソ連の「タラーン」作戦等、他国軍でも行われていた(この場合、体当たり直前・直後の脱出を期している為、危険性は極めて高いが必ずしも特攻=死ではない)。

また、被弾により生還の見込みがなくなった米軍機が日本の艦船に体当たり攻撃を敢行するような事もあった。

しかし、第二次世界大戦で初めから生還を期さない自爆攻撃を組織ぐるみで行ったのは、日本軍のみであり、太平洋戦争が長引くにつれ、悪化していく戦況や戦果を一転させるべく、苦肉の策として講じられたものである。
なりふりかまわぬ自爆攻撃で、敵国を畏怖させるという精神論的な効果も期待されていたらしいが、特攻を敢行する側は死亡する事を前提としている為、前線での士気は大いに下がった。ただし、アメリカ軍による戦略爆撃で肉親を失った者が、せめて一糸報いたいと特攻に志願したという証言をする元特攻パイロットの生存者や、何度も特攻に志願しながらも許可されなかった菅野直杉田庄一のような者もおり、特攻をどのように捉えていたのかは(恐らくは否定的に考えている者が大多数であろうが)各個人で温度差があったと見るのが妥当である。

その代表が神風特攻隊神風であり、現在において「特攻=」を想起させる代名詞となっている。
既存の兵器を特攻に使うばかりか、人間魚雷回天人間爆弾桜花等、多くの特攻兵器を考案しており、当時の日本陸海軍の無謀さと非人道性を示すものとして、今日に至るまで非難されている。
ただし、航空機による特攻では「飛び立ったが敵が見つからずにやむを得ず引き返した」というケースも稀にあった。
また、日本海軍沖縄戦においてもはや活躍の場がなくなった戦艦大和を特攻させた。
大和は沖縄に辿り着く前に多数の米軍機に襲われ、なす術もなく喪失している。

当初こそ、人命を顧みないという作戦にアメリカ軍がパニックに陥った事もあり、それなりの被害をもたらしたものの、ピケット艦や空母機動部隊の配置変更をはじめとした対応策が取られるようになると目標の艦船に辿り着く前に撃墜される確率が増え、末期になるにつれてその作戦(元々そう呼ぶのもおぞましいものだが)効率は落ちていく一方だった。ただし、ピケット艦の役割をもっていた駆逐艦が特攻により損傷して戦線離脱したことから、艦隊中枢直衛の防空駆逐艦が艦隊外周部に代わりとして派遣されて、今度は艦隊旗艦等の護衛陣が薄くなるなどの問題にアメリカ軍は頭を悩ませることとなる。

海軍の特攻には、空母機動部隊が壊滅した為に本来の艦上戦闘機としての活躍機会を失った零戦が多数投入された。
残存零戦の多くに爆弾搭載能力を強化する改造が施され特攻に使われた為、今日に至るまで零戦には特攻のイメージが長らく付きまとっている。

ただし、特攻に使われた戦闘機は零戦だけではなく、疾風紫電(ちなみに紫電二一型=紫電改や、雷電は特攻に投入されていない)など陸海軍の主力戦闘機の多くが動員され、更には戦闘機以外にも攻撃機偵察機練習機までもが動員された。
また、戦闘機に爆弾を装着する事自体は通常の攻撃でも行われる。

評価

当初、この戦法に対して批判や否定する軍人もいたが、戦局が悪化するにつれて、内心では愚かな戦術だと思っていても、誰も否定できない状況になっていった。
「俺はもともと特攻など好きじゃない。糞の役にも立たない特攻などぶっ潰してくれ」と話して出撃していった隊長野中五郎少佐)もいた。また芙蓉部隊隊長の美濃部正少佐(戦後、自衛隊空将)は特攻命令に対して猛反対して、出撃を強要する上層部に対して「(あなたたち全員が、もし決死の覚悟で特攻出撃したとしても)私1人で全滅させてみせます」と反論し部隊から特攻出撃を許さなかった者もいた。

奥日光に疎開していた明仁皇太子(後の今上天皇)は、特攻の講義を受けて「それでは人的戦力を消耗するだけでは?」と疑問を呈し、その質問に誰もが返答に窮したという。

戦後の日本では、前途有為な若者を死地に追いやったとして否定的な評価が一般的であるが、気高き犠牲的手段だったと賞賛する声も今なおある。前述の美濃部正少佐も戦後の特攻批判に対して、「戦後のヒューマニズムと敗戦という結果だけで考察し、当時の状況を全く考慮していない的外れな特攻批判が多い」という趣旨の苦言を語っている。
(誤認されていることが多いが、美濃部少佐は部下を特攻で使い捨てにするより通常の出撃の方が戦果が出るという理由で反対しており、特攻することで戦果が上げられる状況下では特攻を許可する命令を下している。また、米軍が上陸してきた場合に備えて、地中に潜んだ兵士が地雷を起爆させて戦車を破壊するという必死戦法を立案している)

また、特攻という手段を強いた陸海軍を批判しながらも、特攻で死んでいった者たちの精神そのものは敬意に値するとする声もある。

付記

特攻を計画し、将兵にそれを強いた将校は、戦後も責任を追及されることはなかった
(ただ、自殺攻撃命令等を禁じる法的根拠は国際法を含めて無かったため法的には裁けなかったのも事実である。)
特攻を主導した陸海軍軍人の末路は次の通りである。

宇垣纏:
昭和20年2月10日付で第五航空艦隊司令長官に着任し、終戦まで沖縄方面の特攻作戦を指揮。8月15日の午後、ポツダム宣言受諾の玉音放送後、独断で彗星11機を引きつれ沖縄に特攻出撃。若い将兵16名を道連れに死亡。なおポツダム宣言受諾後に正式な命令もなく特攻を行ったため正式な特攻とは認められていない。連合艦隊司令長官小沢冶三郎も命令違反行為として語気鋭く批判している。しかし、靖国神社には合祀されており、遊就館にも遺品が展示されている。なお僚機については「宇垣は自分が突入する機のみに出撃を命じたが、同行を望む隊員に対して押しとどめられずともに出撃した」とする説もある。また宇垣が自決に拘ったのは特攻作戦の他に自身が開戦時の聯合艦隊参謀長であったこと、ブーゲンビル上空で襲撃された時に山本五十六を死なせ自身はおめおめと生きて帰ったことなど、様々な自責の念に囚われていたともいわれる。

富永恭次:
航空部隊の指揮官として息子を特攻死させる。特攻前の搭乗員に対し「君は英雄だ、すぐに私も特攻して後を追う」と説教を垂れ、エンジン故障で帰ってきた搭乗員は怒鳴り散らし、強制的に出撃させ、最終的に第4航空軍を皆殺しにするも、本人は最前線のフィリピンから真っ先に台湾に逃亡。戦後はシベリアに抑留されるが天寿を全うする。

黒島亀人:
山本五十六の懐刀として数々の奇策を発案し、「変人参謀」と言われた黒島は、海軍特攻の採用に決定的な役割を果たし、自らも甲標的丙型、震洋など多くの特攻兵器を立案。戦後は会社常務の口を世話され、東京の豪邸に住まい、何不自由ない暮らしを送る。証拠隠滅のため、軍令部の重要書類を勝手に焼却したり、宇垣纒の手記(後に「戦藻録」として出版)を遺族から借り出して自分に都合の悪い部分を「電車に置き忘れた」などと称して抜き取って捨てたりした。もちろん天寿を全う。

大西瀧冶郎:
昭和19年10月17日に第一航空艦隊司令長官としてフィリピンに赴任。レイテ海戦の際に爆装した零戦隊を特攻出撃させる。本人は特攻について統率の外道と否定的に考えていたが、周囲からは航空特攻の生みの親とされている。実際は異なるにしろ、その後軍令部次長となり、終戦まで海軍特攻の総指揮を執る。終戦の翌日、官舎にて割腹自決。終戦直後に自決したことから、「死人に口なし」と彼が関与していない事柄まで責任を押し付けれている可能性が指摘されている。

太田正一:
米軍コードネーム"BAKA"こと人間爆弾「桜花」の発案者。自分が乗るから開発させてくれと上層部に頼み込んだ癖に「適性なし」とやらで出撃せず。 終戦直後に遺書を残して自決したと見せかけて逃亡、名前と戸籍を変えて暮らすが妻子を放置して大金持ち逃げやらソ連への密輸などの犯罪行為を繰り返しており、妻子以外に何人もの内縁関係の女性や子供が居た模様。当然に天寿を全う。

倉澤清忠:
第6航空軍参謀。元々は特攻を研究する機関でテストパイロットをしており、本人もいずれは特攻する予定だったが事故により視力が極端に低下したため運良く出撃しなくても良い監督役にクラスチェンジ。機体故障や特攻すべき敵艦が発見できずに帰還したパイロットを隔離監禁し、昼夜問わず「そんなに命が惜しいのか」とリンチし続けていた。戦後は報復で殺害されることを恐れていたのか、命を惜しんで軍刀やピストル(注:銃刀法違反です、ついでに過剰防衛に該当しかねません)を常に携帯する日々であった。晩年に取材を受けた際、「軍人は命を落とすことが前提なのだから、命を惜しんで戻ってくる方が悪い」と全く反省のない言い訳をしている。ちなみに天寿を全う。

比喩としての「特攻」

「特攻」は「神風」(Kamikaze)と共に無謀な自己犠牲の比喩としても知られている。

2001年ニューヨークで起こった9.11テロ旅客機追突や2015年11月13日に起こったパリ同時多発テロ自爆攻撃を「Kamikaze」と呼ぶ報道も多々あった。

なお、暴走族でもケンカなどの切り込み役としての立つ人間を特攻隊長と呼ぶ。
現在も世界各地で起こる自爆テロを「特攻」と見なす報道や考え方があるが、特攻は国家間の戦闘員同士における戦闘で用いられるのに対し、自爆テロは非戦闘員である民間人も巻き添えにした無差別攻撃である為、同一の戦闘手段ではないという主張がされている。

フィクション作品における特攻

当然と言うべきか、使われる例は上記のような暴走族を題材とした作品を除けば、戦争を扱った作品での描写が多い。

定義が曖昧なので、何をもって特攻とするかは議論が分かれる所だが、第二次大戦ものを除くフィクション作品内で明確に「特攻」を実行した人物としては『機動戦士ガンダム』でのリュウ・ホセイドズル・ザビスレッガー・ロウ、『機動戦士Zガンダム』のベン・ウッダー、『機動戦士Vガンダム』のリーンホースJr老人達(これらの特攻を日本軍のそれと同義と見なすかは別として)が挙げられる(当然ながら、彼らはその直後に戦死している)。

どうやらフィクション作品においては、体当たり攻撃以外にも「そもそも帰還を想定せず敵もろとも道連れにする」内容の作戦行動をひっくるめて「特攻」と呼ぶ傾向があるようで、媒体によっても解釈や呼称が分かれている部分が多い。

ブラウザゲーム艦隊これくしょん』では、史実で特攻兵器を載せていた艦娘北上伊58)は「アレは積みたくない」と吐露しており、運営鎮守府も同様の兵器の実装を否定している。⇒玉砕これくしょん
また、同作品では艦載機を航空母艦に搭載して敵艦載機の迎撃や雷撃等を行う事が出来るが、特攻仕様ではなくあくまで本来の用途として活用される。

だが、ブラック鎮守府の生み出した「捨て艦戦法」は、まさに特攻に他ならない。

合理性を重視した戦法ではあるものの、「悲しく沈んでいった艦艇を紹介したくてゲームを作った」「プレイヤーに喪失感、痛みを感じさせるため、轟沈した艦娘は永久に復活しない仕様にした」「特攻兵器は絶対に実装しない」という作り手の田中プロデューサーの発言からすると、運営からは推奨されていないプレイ手法と考えられる。

そもそも、艦娘を捨て駒として扱う事から不快感を感じるプレイヤーも決して少なくはなく、不特定多数のプレイヤーが集まるような場所で捨て艦の話題を出すのは慎むべきである。

シューティングゲームやアクションゲームなどでは、体当たり攻撃してくる敵を『特攻してくる』と言う事もある。
また、プレイヤー側がわざと敵に当たって(その後の無敵時間を利用して)強行突破する場合も『特攻』ということもある。

フィクション作品において特攻したキャラクター

漫画

アニメ

乗機が大破したため2人でバンドックに特攻。

敵の要塞に乗り込み乗機ごと自爆。
「デススパイラルマシーン」に特攻し仲間を守る。

映画

宇宙人との戦いにおいて、乗機のミサイル発射装置が故障したため敵機に特攻し自爆。

ゲームにおける最も有名な特攻戦術

亀の国の大魔王


スーパーマリオの状態で体当たりして、強行突破する。
ただし、NEWスーパーマリオブラザーズでは通用しない…。

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