ピクシブ百科事典は2023年6月13日付でプライバシーポリシーを改定しました。改訂履歴

恭雲院の編集履歴

2011-12-12 22:56:38 バージョン

恭雲院

きょううんいん

恭雲院(生年不詳 - 文禄2年(1593年)?)は、戦国時代の武将・真田幸隆の妻。

概要

海野棟綱の家老であった河原隆正ので、海野氏分家の家柄だった真田幸隆に嫁いだ。

後の上田城主・真田昌幸を産んでおり、その兄にあたる真田信綱、真田昌輝の母でもあると言われる。

没年には諸説があり、生年については1522年とも言われている。

文禄2年5月20日、昌幸の居城・上田城にてに死去。1522年生が正しいとすると享年は72歳で、戒名は恭雲院喜山理慶大姉。

(日本語版Wikipediaより)


戦国大戦において

夫である真田幸隆とともに、武田家の武将として参戦。

見出し画像も、カードイラストがモデルになっている。


スペックは、コスト1.5 武力4/統率1の弓足軽で、特技は「魅力」と「」(しのび)。

同コスト帯の女性武将と比べれば能力面は低い。

しかし、「忍」の効果により察知されにくく、自陣に居る状態であれば接近されない限り敵軍からは視認できなくなるため、敵軍の足軽鉄砲隊からの射撃を受けなくなるのが特徴。

また、自身の兵種が弓足軽のため、消えている間も射撃が行える。

勿論、端攻めも行いやすい。


持ち計略である「忍法影縛り」は、自身から少し離れた狭い範囲内に正方形の陣形を展開。

陣形の中に入った敵武将の動きを強力に抑制する。

大半の武将は一度絡め取られると脱出は困難で、なんと「毘天の化身」で加速した上杉謙信ですらも「ほぼ停止」する程。

超絶強化系計略などの、「単体を大きく強化する計略」に対してメタとなってくる。


「真田が乱世で生き抜くため……

        私も共に戦いましょう」


関連タグ

真田家 上田

問題を報告

0/3000

編集可能な部分に問題がある場合について 記事本文などに問題がある場合、ご自身での調整をお願いいたします。
問題のある行動が繰り返される場合、対象ユーザーのプロフィールページ内の「問題を報告」からご連絡ください。

報告を送信しました