ピクシブ百科事典は2024年5月28日付でプライバシーポリシーを改定しました。改訂履歴
編集者:わぺぺ
編集内容:少し追記。

概要

シューティングゲーム(以下:STG)の開発で知られ、ボム(当時の呼称はボンバー)システムを後のSTGに定着させた会社。

前身は1979年に設立されたアーケードゲームの販売代理業などを行っていた『東亜企画』である。

但し開発スタッフは、元々1978年に創業されたゲーム開発会社の『オルカ』(リバーパトロールバスターなどを開発。)のスタッフで、1983年のオルカ倒産後に『クラックス』という会社を興し、タイトーから販売される「ジャイロダイン」を製作するが程無くその会社も倒産、そのスタッフが更に東亜企画へ転職後、ゲーム開発部門を設立する。それが東亜プランなのである。

東亜プランとしての最初の作品は1984年の『雀王』(自社販売)、および1985年の固定画面アクションゲームである『パフォーマン』(販売:データイースト)。

初期のゲームはタイトーから発売されたものが多い。

STGを主軸に開発していたイメージが強いが、「スノーブラザーズ」や「ワードナの森」などSTG以外のゲームも開発している。

主力商品の大半がSTGであった為に格闘ゲームブームの波に追従できなかったのと

ビギナーを寄せ付けない凶悪な難易度により『マニアのゲーム』というイメージが定着してしまったのが災いし、

1994年に倒産するが、離散したスタッフの一部は後にCAVEを設立しSTG開発を続け、一部はタイトーへ移籍し「逆鱗弾」などを手掛けた(他にタクミコーポレーションタムソフトへ移籍した者も)。

倒産後の版権は長年保有者が不明の状態だったが、2011年頃に版権保有者が見つかったことに加え、2017年に設立された株式会社TATSUJIN(『達人』や『達人王』の作曲兼プログラマーでもあった元・東亜プランの弓削雅稔氏が同社の代表取締役を務めている)が東亜プランのIPを管理することとなり、サントラの発売やCS機移植も徐々に復活しつつある。

編集者:わぺぺ
編集内容:少し追記。