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概要編集

1976年に福田哲夫氏が創業。


探偵神宮寺三郎』、『メタルマックス』、『空牙』のような硬派で渋い作品から、『チェルノブ』、『トリオ・ザ・パンチ』等に代表される怪作奇作まで色んなゲームアーケードゲーム家庭用ゲーム機問わず製作または販売していた。


元々は、アーケードゲーム用の部品の下請けをやっていた会社だが、ゲーム以外でも情報機器の開発、ピンボール製作メーカー(DATA EAST PINBALL)の立ち上げ、ゲームミュージックの黎明期には自社サウンドチームゲーマデリックを結成している。

また、1980年にはネオジオに先駆けること10年前に「デコカセットシステム」(愛称「デコカセ」)というソフトのみを取り換える方式のアーケード基板を製作していた(供給形態はカセットテープなので、イメージとしてはネオジオよりむしろマイコンソフトに近しいが)。

現在ではテープ及びデッキが消耗品のうえ、実質修復不能の為テープ及びデッキを一種のエミュ化して残す技術が開発されている。


末期には販促戦隊デコレンジャーと称した戦隊ショーに加え、ゲームとは全く関係のないシイタケ栽培やガスマスクの製造など幅広い分野に手を出していた。


とにかく、会社もゲームも「濃く」、とにかくクセが強かったのである。


ただし、スタッフたちは常にスマッシュヒットを狙いクソ真面目に作っていたらしく、桝田省治が考案した「ヘンなゲームならまかせとけ!」のキャッチコピーに対しては「俺達の作ったゲームのどこがヘンなんだ!」と憤慨していたらしい。


その濃ゆいゲームの数々はデコゲーなどと呼ばれ熱狂的ファンもいたが、1998年にアーケード事業から撤退及びゲームとは勿論何も無関係やと言って当たり前である副事業に手を出しすぎたのが災いし、1999年11月に倒産。和議申請した後はゲーム事業から撤退し、マイナスイオン発生装置などの事業で再建を図るが、2003年に業務停止を受けて自己破産だった。

1999年11月25日に発売された『探偵神宮寺三郎 灯火が消える間に』がデータイースト最後のソフトとなり、翌年に出た廉価版はメディアリングから発売された。


なぜデータイーストはそのように濃い存在であったのか。往時のデータイーストはどこかで見たようなゲームに追従することを良しとせず、独自性を重視する企業精神を持っていた。その結果、上層部の判断が非常に緩く、普通の会社なら即ボツになるようなおかしな企画がバンバン通ってしまう非常にフリーダムな社風であったらしい。


この土壌は独自性に溢れるデコゲーを生むこととなったが、同時にデータイーストの弱点でもあった。デコゲーは作風が自由なのはいいのだが、制約がゆるすぎるためかゲームバランス等のクオリティ面は大抵大味で、完成度という点ではB級かそれ以下という微妙なラインのものがかなり多いのである。ただ、その化学反応によってデコゲーとしか呼びようのない特異な風味を生み出していたことも事実であり、決してメジャーになりえないが故の魅力では他の追随を許さぬものがあった。


データイーストの倒産後、同社の知的財産権は以下の会社が保有している。

※前身であるパオンはデータイーストの仙台開発室が母体となって設立されている。


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