根上淳
ねがみじゅん
概要
本名は森 不二雄(もり ふじお)。東京府豊多摩郡中野町(現・東京都中野区)出身。
父方の祖父はオーストリアの音楽家ルドルフ・ディトリッヒ、日本名=日土理非)、祖母は森菊。父はヴァイオリニストの森乙。甥はROUTE 66とTHE CHAPPYSでボーカルを務めた森雅裕。
杉並商業学校⇒法政大学経済学部⇒進駐軍の通訳を経て1947年に演技研究所の学生という形で大映に入社した。
1950年の「二十歳前後」で初めて主人公の役をつかみ、1951年の「牝犬」でのバンドマン役でブレイクして以後は菅原謙次と人気を二分し、二枚目スターとして活躍した。
1967年に大映を退社、その頃には映画出演作品は100本を越えていた。
以降は活躍の場をテレビドラマに移し『白い巨塔』(NET版)の里見脩二役や、降板した塚本信夫の後任として『帰ってきたウルトラマン』の伊吹竜隊長役を演じるなど、存在感のあるバイプレーヤーとして多くの作品に出演した。
1965年、根上の大ファンであった歌手のペギー葉山と結婚し1968年には長男が誕生、結婚後も夫婦で本を出版し、書道の展覧会に二人で出展するなど芸能界一のおしどり夫婦として知られた。
法政大学在学中に学徒出陣で日本陸軍に招集されてしまう。戦闘機の操縦士の教育課程を受けるも、胸を悪くしてしまい入院、そのまま終戦を迎え復学している。
だが、学友たちの多くは特攻隊に組み込まれ、命を落としてしまった。ゆえに俳優になってからは戦争映画への出演や軍人の役は拒否し続けた。唯一の例外は1968年2月に公開された東映の「陸軍諜報33」だが、内容的には戦争映画と言うよりはスパイ映画であり、演じたのは軍人ではなかった(ちなみに売国奴の民間人)。
そして1996年、母校である法政大学の多摩キャンパス(東京都町田市、根上が在籍した経済学部がここに移転してきた)に、生き残った学友たちとともに平和記念碑を建立している。