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マリー・アントワネット

まりーあんとわねっと

フランス王妃、マリー・アントワネットに関するイラストにつけられるタグ。
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概要

マリー・アントワネット・ジョゼファ・ジャンヌ・ド・ロレーヌ・ドートリシュ: Marie Antoinette Josepha Jeanne de Lorraine d'Autriche, 1755年11月2日 - 1793年10月16日)はフランス国王ルイ16世王妃である。
ドイツ語名は、マリア・アントーニア・ヨーゼファ・ヨハーナ・フォン・ハプスブルク=ロートリンゲン。

略歴

18世紀後半のブルボン朝フランス王国王妃オーストリアハプスブルク家の出身。
母はハプスブルクの大女帝マリア・テレジアで、その末娘として愛されて育った。
幼少期にまだ幼いモーツァルトに出会い、彼から求婚されたという微笑ましいエピソードは有名。
1770年に当時フランス王太子であったルイ16世結婚
1789年のフランス革命を経て1792年に失脚、最終的には1793年に刑死。

毀誉褒貶

政略結婚で嫁ぎ、フランス王家の財政を傾け、革命を引き起こした稀代の悪女、と言われることが多いが、近年の調査で、夫のルイ16世と同様に必ずしもその評価が正しかったものではないと言われる。
政略結婚は当時ハプスブルク家が行っていた政治政略の一環ではあったが、必ずしもフランス王家に限ったものではなく世界中の王家で常識の範疇のものであった。
またフランス王家の財政を傾けた直接の原因はルイ14世が行っていた新大陸での戦争が主たるものであり、彼女の裁量が許されていたのは国家予算の僅か6%にあたる王家用の予算の更に一部だった。

ただし、無類の浪費家賭博好きだったことや、一部の寵臣のみを偏愛したために不要な反発を招き、ヴェルサイユの品位の低下させたことは事実であり、彼女個人や王権そのものへの反対者たちによって、それらの失態が多大に誇張されパリに意図的に流されたため、彼女や王権に対する悪意と憎悪がことさら生み出されてしまった。

その一方で、国王ともども経済の立て直しや宮廷の無駄なしきたりを廃止させたりと進歩的な部分も少なからず存在したが、それが却って保守派や特権階級に敵を作った面もある。
彼女に関する悪評は本人にその一因があるものも少なくないが、革命の動乱の中で針小棒大に語られるようになったもの=風評被害が非常に多いのも事実である。

あの言葉について

彼女が言っちゃったとされる余りにも有名な言葉――
「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」
…であるが、実際には彼女が生まれる前に別の人物が言った言葉であり、彼女が語ったものではない。
由来とされるのは、ジャン=ジャック・ルソーが著した彼の自伝『告白(フランス語版)』の第6巻に、ワインを飲むためにパンを探したが見つけられないルソーが『家臣からの農民にはパンがありませんとの発言に対してそれならブリオッシュを食べればよいとさる大公夫人が答えた』ことを思い出したとあり、有力な原典の一つとされている。

こうした事実は、約200年を過ぎた東洋の島国でも徐々に知られてきており、彼女への評価・認識も改められつつあるが、中には未だに
「○○がなければ××すればいいじゃない(まりぃ)」
といった感じでネタにする者もいる。マリーカワイソス

ちなみに中国西晋時代の皇帝司馬衷は、「穀物がないのならば、肉粥を食べればいい」
という非常に似た言葉を残している。彼は暗愚として有名であり、更に彼の皇后である賈南風は、中国版マリーアントワネットみたいな人物である。

王妃として

彼のマリア・テレジアの血を引くだけあって、特にフランス革命の混乱期に母親顔負けの辣腕を発揮し、宮廷内を取りまとめにかかったという。しかし多くの貴族たちは命惜しさにフランスから亡命し、革命での徹底した名誉毀損によって王妃らしい彼女の勇姿は隠匿され続けたため、判明したのは本当に最近のことである。

また非常に子煩悩で、ポンパトゥール婦人の建造した離宮を得た際には子供たちのための場所として改築し、そこで子供たちの戯れる姿を飽きずに見守っていたという。
特に子供を授かって以降は浪費も控えるようになり、博打は完全に辞めたらしい。

母親となったことで、自身の母から受け継いだ“女傑の血”に火が点いたらしく、革命期は夫ルイ16世や子供たちの安全と宮廷の平和のために奔走する。
しかし逃亡の際に一家で逃亡することを曲げず、大きく豪奢なベルリン馬車での逃亡を推し進め、食料や銀食器、夫のための酒樽など、余計な時間をかけたことで失敗に終わっている。
彼女の悪評が後世に誇大化させた一番の原因は、祖国オーストリアにフランスの現状を報告しながら身動きの取れない夫を補佐し、王家存続のために反革命の立場を取ったことにあった。このやり方が革命家たちの逆鱗に触れ、彼女がことさら諸悪の根源のように扱われるよう仕向けられた。
国家存亡の一大事を他国に漏らしたことは、政治家たちからは売国行為と受け止められ、革命派の中核たちの怒りに油を注ぐ結果を招いた。彼女としては夫とフランス王家のためだったが、さすがに百戦錬磨の母マリアとは経験値で差が付き、結果は裏目に出てしまった。

余談

ウィーン王室仕えの音楽家の息子に求婚されたことがある。
また彼女自身も音楽を好んだ。

美貌の持ち主であったことは最早書くまでもないが、歴史上類を見ないほどの爆乳をお持ちになっていたことはあまり知られていない。宮廷の着付け人によればトップバストは1メートルを超えていたらしい。

関連タグ

人物
ヨーロッパ史 フランス史 フランス王国 ブルボン朝
ベルサイユ宮殿 フランス革命

入浴 香水 ベルジェールハット ギロチン

関連人物

マリア・テレジア ルイ16世 フェルゼン

マリー・アントワネットが登場する作品

※50音順
踊る!アントワネットさま パタリロ! Fate/GrandOrder ベルサイユのばら ラ・セーヌの星

マリー・アントワネットをモチーフとするキャラクター

マリー・アントワネット(Fate)Fate/GrandOrder

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